続・クルマの「走るリビングルーム化」、エンタメを超えた安心・快適の追求へ
スマートカー普及に向けた課題を巡る一考察 -CES2025視察報告(4)-
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前号では、自動運転時代を見据えたクルマの「走るリビングルーム化」のトレンドをインフォテイメントの切り口から取り上げた。加えてCES2025では、センサーやライトなど車室内の装備によって、乗員のストレスや集中力といった無意識の領域に働きかけることで、走行時の安全性や快適さの向上を実現する試みが見られた。今回は、このような試みに焦点を当ててみたい。居心地がよく安心・安心なクルマを実現することもまた、リビングルーム化の重要な構成要素であろう。
※前号こちら⇒ 先進モビリティ:自動運転時代を見据え、車の「走るリビングルーム化」が加速 -CES2025視察報告(3)-
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1.車内モニタリングによる無意識の安心・安全・快適さの領域へ
(1)ドライバーモニタリング×色・音の効果= ドライバーの運転体験、安全性の向上へ
「走るリビングルーム化」の一環として、Hyundai MOBISは、“Human Centric Interior Lighting technology(人間中心設計の照明技術)”のデモを披露した。
このシステムは、車室内の照明の明るさや色味により“emotion caring(感情をケアする)”効果を追求したものである。カメラ等によってドライバーや搭乗者のまばたきや表情などをモニタリングすることで、乗員の生体リズム、つまり、感情や体調といった状況を捕捉し、車内の照明の色、明るさ、点滅パターンを調整する。照明を通じた、クルマと乗員とのコミュニケーションの実現を目指すシステムで、ドライバーのストレスや搭乗者の乗り物酔いの軽減など心身の状態の最適化に向けた支援のほか、乗降時のアラート、紫外線ライトによる殺菌など32パターンのモードを備えている。
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Hyundai MOBISからは、脳波測定を活用した“M.Brain”というシステムのデモも披露された。
脳波からは高い精度でドライバーの集中度やストレスを把握できるため、安全運転支援に繋がる生体情報として活用するプロダクトが長年考案されてきた。しかし、多くはヘッドギアのような大掛かりなシステムが必要とされ、一般ユーザーへの普及に難があった。 M.Brainは、 小型のイヤホン型デバイスによって、ドライバーの脳波を測定する。
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これはBtoB向け製品のため、
ヘッドギア型で多数のセンサーから
精度の高い脳波を取る
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コンシューマー向けを想定し、
デバイスを小型・簡略化
脳波からドライバーのストレスと集中度を測定し、最適な照明の色、音楽に車室内のモードを切り替えるほか、漫然運転や眠気などが検知された場合には、必要に応じてシートをバイブレーションさせてドライバーにアラートを発する。さらに、ストレスを軽減するための呼吸法のガイダンスなどを行う。
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M.Brainの活用では、将来像の1つとして、居眠り運転による事故を防止するために、手動運転モードから自動運転モードへ積極的に切り替えを行うという提案もなされた。
ドライバーに音や照明、振動を通じて眠気を覚ますようなアプローチを繰り返し行っても、適切に運転を行える状態にドライバーが回復できないことかもある。このようなケースでは、自動運転モードに切り替えたのち、路肩に停止するなどの対応が事故防止策になり得るだろう。
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今日現在、個人が入手可能な自動運転機能は、下記のいずれかに限られる:
■レベル2~2+:人間の責任で手動運転を行うが、システムが高度な運転支援を実施。
■レベル3:走行状況に応じて、手動運転/自動運転が切り替わる。当面は高速道路に限定。
こうした自動運転機能の登場により、ドライバーは高い集中力を要求される運転行為から解放される時間を得る一方で、時には即座に適切に運転行為に復帰しなければならないという、人間とシステムのあいだのインタラクションが発生するようになった。この運転の受け渡しを適切に行うために、ドライバーの姿勢や意識などを把握する車内モニタリングは、特にレベル3のクルマで重視されてきた。
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LGからも、「ドライバー監視システム (DMS) 」と「ドライバーおよび車内監視システム (DIMS)」から成る車内モニタリングシステムが出展された。LGブランド共通のAIシステムである「Vision AI」を搭載したプロダクトのモビリティ版という位置づけである。車載の2台のカメラで、視線や表情、頭・体の位置などを捕捉する。
DMS は、表情や心拍数を検知するほか、電話や食事、あくびといった動作、座面への座り方などから、ドライバーの眠気や集中度、ストレスなどを推定し、その情報を基にアラートなどを発することで、車両の走行の安全性を向上させる。
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(2)安価なセンサー×AIで、同乗する子どもやペットの命を守る
安心・安全に資する車内モニタリングとして、 サムスン傘下のHARMANからは子供やペットの命を守るソリューションが出展された。
車内に置き去りになった子供やペットが熱中症により死亡する痛ましい事故は、日本だけでなく、米国においても根絶の難しい事故類型と認識されている。全米では、年間に平均37名の子どもが命を落としている※1。
車内モニタリングでは、センサー類を追加すれば多くのデータに基づく高度なシステムの提供が可能になるが、一方で、それは車両の販売価格の引き上げ要因になる。
HARMANは、AIを活用した低コストのモニタリングシステムの実現をアピールする。 車載のサウンドマイクとスピーカーという汎用のパーツを活用し、収集された音や音の反響を分析することで、車内のどこに誰が乗っているのか、あるいは何か置かれているのかを高精度で推定する。車載のサウンドマイクとスピーカーという汎用のパーツを活用し、収集された音や音の反響を分析することで、車内のどこに誰が乗っているのか、あるいは何か置かれているのかを高精度で推定する。子どもやペットの降ろし忘れが検知された場合には、ドライバーに対してアラートを発信する。
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2.スマートカーの普及に向けた課題
前回・今回で取り上げた車室内空間の充実に関するトレンドから、筆者が今後の自動車産業に対して課題と思うところを述べておきたい:
顔や体、感情や体調はプライバシーや個人情報とされる情報である。 こうした情報の利活用に対する意識には地域差があり、昨今はAIによるこうした情報の利活用に対する規制にも地域差が出始めている。 例えば、EUで2024年8月に発効したAI規制法は、職場や教育機関において、医療や安全のために使用する場合を除き、人の感情を推測することを禁止している(第5条第1項(f))。ドライバーについて、身振りや手ぶり、表情、声色を検知する事態ことは禁止行為に含まれないが、そのデータを基にした喜び、悲しみ、怒り、驚き、嫌悪などの感情の推定が禁止行為に抵触する可能性が出てくる(前文第18条)。また、プロドライバーの車内モニタリングは、安全を目的としたものであれば禁止行為から除外されているが、その検出対象は痛みや疲労と例示されている。
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<課題2> 1台目をどう売るか~ブランディングとマーケティングの争いへ?~
エンタメの充実に限らず、無意識の領域にまで安心・安全や快適さを届けてくれるクルマは魅力的である。
一方で、 各社とも拡充できるインフォテイメントのメニューには横並びの印象があること、数時間程度の試乗では安心・安全機能のメリットが発揮されにくいことなどから差別化は難しい。2台目以降の購入や買い替え時であれば、1台目で過ごした車室内での体験への満足度は、そのブランドが引き続き選ばれるかどうかの判断材料になるだろう。しかし、そのためのスタートラインである1台目にいかに消費者を惹きつけるのか、各社のブランディングとマーケティングが試されることになりそうだ。
スマートカーに先鞭をつけたテスラのモデルSでは、象徴的なパーツとして「ポップアップドアハンドル」がある。キーを持ったユーザーが近づくと、平らな金属板だったドアから、ドアノブが自動的に現れる。故障率の高いパーツであったため、開発過程で設計側は断念することをイーロン・マスクに進言したが、イーロンはテスラ車の未来感を演出するのに不可欠のパーツとして決して譲らなかったという※2。
ソフトウェアやAIなど無体物のソリューションのスマートさで自社製品を訴求する中に、このような物理的にインパクトあるギミックが消費者への印象づけには重要なこともある。
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<課題3> エンタメから走行に至るまで、車両全体の制御のバランス ~SDVと半導体調達~
ここ数年のあいだに、Software Defined Vehicle(SDV、ソフトウェア定義自動車)という概念が、車両設計において重要視されている。端的に言うと、 SDVの設計では、インフォテイメントから自動運転機能に至るまで、あらゆる自動車の機能提供に関わる半導体の処理能力が問われている と、筆者は理解している。「走るリビング」は「走るコンピューター」になるため、リアルタイムで外部と通信しながら多くのデータ処理をこなす能力だけでなく、様々なシステムのアップデートを受け入れて機能拡張できる地頭を持ったクルマでなくては今後、通用しない。 そのために、どのような演算能力のSoC(System-on-a-chip、全体システムを1つのチップにまとめた技術集約型の半導体のこと)を何枚搭載し、そのSoC構成に合わせてどのようなシステム設計にするか―――これがSDVという車両設計のアプローチである。
CES2025に出展されたソニーホンダのAFEELA1には、カメラ18個、LiDAR1個、レーダー9個、ソナー12個の合計40個のセンサーが搭載されている。このセンサー群が収集する膨大なデータをリアルタイムで解析しながら走行する演算能力を確保するため、AFEELA1には、QualcommのSoC「Snapdragon Digital Chassis」がADAS向けに4枚、インフォテイメント向けに2枚搭載されている※3。AFEELAブランドの初号機とあって、800 TOPS(=1秒あたり800兆回の演算が可能な能力を持つ)の贅沢な演算能力を備えている※4。納品当初はレベル2+の自動運転機能が搭載されるAFEELA1だが、将来的には、レベル3へのアップデートが見込まれている。
SoCの調達先と搭載枚数は、自動車の地頭の能力と開発コストに直結する。 インフォテイメントから電力消費を中心としたエネルギーマネジメント、ADAS・自動運転機能の提供に至るまで、何を取捨選択して自社商品の差別化に繋げるかは、これからの自動車メーカーの車両開発で注目される点である。
「走るリビングルーム化」は、近年、注力される領域だが、インフォテイメントの領域は、自動車の走行の安全性に関わらないコンテンツも多いため、競合は多いものの、事業者にとっては比較的カジュアルに参入しやすい領域である。
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一方、 自動車の走行や乗員の安心・安全に踏み込んだ機能の提供では、提供者の責任に重みが増す 。このような展示が増えたこと、それを提供するのは自動車メーカーや子会社のサプライヤー、あるいは総合電機メーカーなど従前から自動車産業に関わってきたプレイヤーが中心であることが分かった点がCES2024とCES2025の違いであったように思われた。
前回・今回は車内の空間作りに着目したが、次号では、CES2025に出展された自動運転車両について取り上げる。
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※1 National Safety Council “Injury Fact-Hot Car Deaths”より。1998年から2024年までの年間平均。
※2 ウォルター・アイザックソン著、井口耕二 訳「イーロン・マスク」、文藝春秋社、2023年
※3 AFEELA1ウェブサイト「E/Eアーキテクチャへの次なるアプローチ」(visited Feb. 14, 2025)
※4 AFEELA1ウェブサイト「Common Features」 (visited Feb. 14, 2025)