【Vol.74】2.英国の民間健康保険と高齢者ケアサービス~NHS と Social Care が包含されている英国のヘルスケアシステムの特徴~
I.はじめに
英国には全住民を対象として医療サービスを提供する公的医療保障制度であるNHSが存在する。NHSは1948年に創設され、70年余の歴史を経て今日ではNHS無しの英国を考えることができないほど定着している。NHSの存在という事業環境で民間健康保険はどのような役割を果たしているか、NHSと複雑な関係を有する公的な高齢者ケアサービス提供システムが存在する事業環境で民間健康保険者はどのような事業を展開しているかという二つのテーマを取り上げる。
II.NHSが存在する事業環境と民間健康保険の役割
英国の民間健康保険には、PMIとHCPの2種類がある。前者は入院・手術を伴う特定の病気と深刻な健康状態を補償し、後者は理学療法や歯科・視力に関するケアの費用を対象として金銭給付をしている。PMIが主流であるが、両者を組み合わせて利用することが多い。PMIの加入動機には、三つある。第一は、医療・保健へのタイムリーな接近である。NHSのサービスを受けるには手術がすぐ実行されずに順番がくるまで待機を余儀なくされるという問題がある。PMIは、専門医への迅速な紹介、病院への迅速な入院、自分の都合にあわせた治療を可能にする。第二に、先端医療など医療・保健サービスに関する選択が可能なる。第三に、高品質の私的診療所や病院宿泊施設の利用ができ、広い専用病室でのプライバシー保護、テレビなどの家庭的なアメニティおよび快適さ・清潔さなどを享受できることである。
III.NHSと公的高齢者ケアサービス提供システムとの関係
英国では、公的保険ではなく地方自治体から公的な高齢者ケアサービスが提供される。このサービスを受けるには、自宅など自己の資産に関する公的な査定(ミーンズテスト)を受ける必要がある。富裕層には、ミーンズテストがある公的サービスに頼らないプライベートの有料老人ホームを利用する方法がある。中産階級には、公的サービスに頼らないプライベートの有料老人ホームを利用する方法もあるが、ミーンズテストを受け自己負担をしてサービスを受ける方法もある。低所得者は、ミーンズテストを受け自己負担は免除され無料となる。一方、NHSからも同様のサービスが提供されるシステムとなっており、両者のサービスの関係は複雑である。このため、サービス利用者が仕組みを理解し、自分の受給できるサービスを予測することは極めて困難になっている。
IV.民間健康保険者の高齢者ケアに関する事業展開
大手の民間健康保険者は、古くは健康保険を取り扱う事業形態であったが、今日では保険金支払だけの事業形態ではなく各種のサービス提供をしている事業形態に進化している。健康保険では診療所、病院を運営しサービスを提供する体制を有し、歯科保険では実際に歯科治療のサービスを提供する体制となっている例もある。民間健康保険者は、高齢者ケアに関する保険商品を販売するとともに高齢者向けのケアホームを運営しサービスを提供していた。しかし、地方自治体による資産査定に基づく負担額の算定は複雑で予測も困難であるとの問題も影響して、近年高齢者ケアに関する保険商品の販売が不振となった。このため、民間健康保険者のなかには、高齢者ケアに関する保険商品の販売を停止した健康保険者も出ている。
V.NHSとSocial Careが包含されている英国のヘルスケアシステムの特徴
英国および日本などの先進国は、疾病構造の変化が起き、病院へ入院し完治することが多い疾患のウェイトが低下し、完治することが無い慢性疾患(例えば糖尿病など)のウェイトが高まってきたというシフトが生じている。英国では、この疾病構造の変化に応じて、NHSとSocial Careが包含されているヘルスケアシステムとなるように改革が進められてきた。しかし、英国ではサービス提供の財源がNHSと地方自治体に分断されているためサービス提供が円滑に機能しない面がある。また、ミーンズテストを必須とすることは、複雑な決定プロセスを生み出す要因となっている。かつては、介護サービスに関する保険商品の販売を行っていた大手健康保険者が販売停止としていることは、その反映であると考えられる。このほか、英国における高齢者ケア(Elderly care)システムの特徴として、家族・友人そして隣人などのinformal carerの重視とボランティアでサービスを提供するcharity組織の存在感の大きさがある。
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