4月から始まる多子世帯への大学無償化
~ホワイトカラー余り・現業職不足を加速させる可能性も~
4月から多子世帯への大学無償化が開始される。子供を多く持つことにインセンティブを与える制度設計は、平等性や効果の点から賛否はあるものの、急激に少子化が進展する中での対応策として、一定の合理性はある。
しかし、大学の進学率を向上させる必要性については疑問が残る。日本における大学進学率は上昇を続け、足もとでは59.1%と既に高い割合となっている(図表1)。政策的に学生の大学進学を推し進め、今後大学進学率が更に上昇していく必要があるのだろうか。
この点について、人材輩出の観点から考えていきたい。大学は研究の場としての役割はもちろんのこと、教育機関としての人材輩出機能も求められており、産業界との繋がりは無視できない。とりわけ、大学が輩出する人材と産業界が求める人材に大きな乖離が生じることは好ましくない。
昨今、人手不足が大きな問題となっているが(資料2)、職種ごとにみていくと、有効求人倍率は現業職で高く、ホワイトカラー職種において低い傾向にあることが分かる。例えば、一般職業紹介状況で2024年の職業別有効求人倍率(パートタイムを除く常用)は、建設・採掘従事者が5.72倍と高い一方で、事務職は0.43倍となっている。有効求人倍率は求職者一人に対する求人件数を示すものであり、1倍を下回る事務職は、日本経済全体として人手不足が叫ばれる中でも、人手が余っていることを意味する。
ここで、新卒者の就職先をみると、学歴による隔たりが確認できる1。例えば、事務職(大卒:88.5%、高卒:11.5%)では大卒者の割合が高く、建設・採掘従事者(大卒:9.2%、高卒:90.8%)では高卒者の割合が高くなっている。募集要件による影響も考えられるが、先述のような大きな求人倍率の違いを勘案すると、求人側と求職側で大きなミスマッチが生じている可能性が高い。もちろん、大学進学率の上昇によって、大学の卒業生が様々な産業・職種で学んだ知見を活用することができれば望ましい。しかし、こうした隔たりが残存したまま大学進学率だけが上昇すると、ホワイトカラーの求職増・現業職の求職減という求職者側の影響により、ミスマッチが更に拡大しかねない。
AIの実用化による求人側からのミスマッチの拡大も懸念される。現在、そして将来の大学生が働く頃には、AIの実用化が更に進展していることが見込まれる。AIの影響が大きく代替性が高い職業として、事務職を中心としたホワイトカラー職種が多く、影響が小さい職業としては建設・土木作業員や配管工、大工といった現業職が多く挙げられている2。技術革新の程度は不確実であり、幅を持ってみる必要があるものの、方向性としては、AIの普及によってホワイトカラーの求人が減少し、人材のミスマッチが一層拡大していくことになるだろう。
もちろん、学習意欲の高い学生への学ぶ機会の確保は必要である3。しかし、徒に無償化を進めて大学進学率を高めることが、必ずしも良い結果を生むわけではない。公費を投入する以上、大学における人材輩出を考慮した上で、適切な制度設計・運用がなされることが求められる。

- 文部科学省「学校基本方針」の職業別就職者数を用いて、2024年の職種に占める大学・高校(全日制・定時制)の合算値に占める大卒者・高卒者(全日・定時制)の割合を算出。
- https://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sh24-01/s1_24_1_1.html
- 学習意欲に関する要件としては、「在学する大学等における学業成績について、GPA(平均成績)等が上位1/2以上であること」が一要件として設定されているが、定員未充足の私立大学の割合が5割を超える現状を考えると、GPAが学習意欲の判定基準になるか否かに疑問が残る。