ワーク・エコノミックグロース

働くことは「Journey(旅)」すること
~従業員体験価値向上に取組む意義~

主任研究員 久井 環

現在の米国では、従業員エンゲージメントは10年ぶりの最低水準となり、従業員の半数が転職を希望している。職場は多くの課題を抱えており、これらの解決に向けて、今、改めて企業として「Employee Experience(従業員体験価値) 」向上に取組む重要性に注目が集まっている。 Employee Experienceとは、働くことを「Journey (旅)」することと捉え、採用、成長、離職などを含めた一連の体験を通じて従業員が得る価値を意味する。従業員一人ひとりにとって高い体験価値になるよう、企業としての取組みが求められている。
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1.Employee Experience

Employee Experience(EX) とは、「従業員体験価値」と訳される。 従業員は、企業に魅力を感じ、採用され、仕事を覚え、同僚との協働や後輩指導などを通じて成長し、やがて離職する。Gallupがしばしば 「Journey(旅)」とも表現するこの一連の工程において、従業員一人ひとりが得られる価値を「Employee Experience」という≪図表1≫1

Gallupによると、現在、米国の従業員の2人に1人が離職を考え、離職者の4割が「Engagement and Culture (従業員エンゲージメントと企業文化)」 を離職理由に挙げている2。2025年1月に公表された米国の従業員エンゲージメントが10年来の最低水準にある米国において、エンゲージメント改善や離職予防の観点から、改めてEX向上の重要性が示され、再び高い関心を集めている3

また、Deloitteは2013年以降、世界各国の人事担当者や会社経営者を対象に、組織運営にあたって重視するべき10の潮流や情勢を調査し、報告書「Global Human Capital Trends」として毎年公表している。140か国の1万人以上を対象に行われた2016年の調査結果は、2017年2月公表の報告書で示され、EXが初めてランクインした4。これにより、企業としてEX向上に取り組むことの意義が、米国で広く注目されるようになった。

なぜ、人事担当者や会社経営者がEX向上に注視するようになったのか。Deloitteはその背景と、それが示唆するものを、以下のように分析している。

2016年頃から、デジタル社会の急速な発展と共に成長したミレニアル世代が、企業において存在感を高めていた。ミレニアル世代 を中心に、さまざまな情報に対して感度が高くなった米国の従業員は、エンゲージメント向上のみならず、生産性が高く、自身の成長に繋がり、働きながら 「enjoyable(充実感やワクワク感)」が得られる職場を企業に求めるようになった5。具体的には、働くことで得られる金銭的報酬に留まらず、非金銭的報酬、例えば、成長機会(キャリアアップ)、食事、休暇、心身の健康などが挙げられよう。このように、従業員の職場に求めるものが多様化する中、仕事を取り巻く 「一連の従業員体験」、すなわち 「Journey(旅)」の価値を高めることが重要となり、企業として取り組むべき時代が到来したと示唆している6

本稿では、企業としてEX向上にいち早く着手し、 成功事例として米国で注目されているAirbnbのさまざまな施策を紹介する。

2.従業員をゲストと捉えるAirbnb

(1)ミッション 「Belong Anywhere(誰でも居場所が見つかる世界の創造)」の実現

Airbnbは、米国サンフランシスコに本社を置く2008年創業の民泊仲介事業会社である7。共同創業者2名がホスト(宿泊施設の提供者)として自宅にゲスト(宿泊者)3名を招いたことをきっかけに誕生し、現在、220の国と地域に20億人以上のゲストと500万人以上のホストを持つグローバル企業へと成長した。

ミッションに「Belong Anywhere(誰でも居場所が見つかる世界の創造)」を掲げ、「Connection with communities(地域交流)」など、滞在先における有意義な「Experience(体験)」を届けることが同社の大きな狙いである8。世界中のホストと連携しながら、ゲストがどこにいても居場所を感じ、滞在先ならではの体験を可能にする情報提供を行っている。例えば、ホストに関する口コミや、どこでどのような体験が良かったかなどの感想が、公式アプリなどで公開されている。目的地検索、宿泊予約、さまざまな体験の企画、そして、訪問までの一連の「Journey(旅)」がゲストにとって価値あるものになるよう、さまざまな工夫を行っている9

(2)EX向上に本気で取組む組織体制

Airbnbは、2013年に外部から20年以上の人事に関するキャリアを持つ人材を招聘し、米国の大手企業として初めてEX担当役員を置いた10。経済誌Forbesによると、同役員は、まず、人材育成、採用、職場環境改善など、タスク毎のグループに細分化するなどして、人事部の解体を行った11。そして、タスクを所管する各グループの責任を明確にした上で、同役員直轄として新設したEX推進部署の傘下に置いた。人事部廃止という決断と、EX向上を目指した抜本的な組織改革に着手したことは、米国で大きな注目を集めた。

(3)ゲストに価値ある「Journey(旅)」を届ける姿勢は従業員に対しても向けられる

Airbnbの共同創業者は、2015年7月のForbes記事で、「Airbnbのすべては、誰かの家で、ゲストとして滞在する感覚の延長にあるもの」と語っている12。また、EX担当役員も、2016年2月の同記事で、「当社に「Customer Experience(CX、顧客体験価値)」の責任部署があって、なぜEX責任部署がないのだ」という自問から、人事部の解体をはじめとした一連の改革を振り返っている13。EX向上を司る役員として、自身の果たすべき使命は、「workplace as a great experience(素晴らしい体験としての職場)」の実現とし、具体的には、採用や人材開発などの典型的な人事機能に留まらず、充実した設備、食事、創造力を身につける体験などを従業員に提供する職場づくりである、と語っている14

これらの発言のとおり、従業員の目に見える形で、職場は大きく変化していった。

パーテーションで個々に区切られた机を撤廃し、職場を広いオープンスペースのフロアに本社が移転した。キッチンカウンターやダイニングテーブルなどを設置し、リラックスしながらの打合せや、作業に集中しやすいスペースを併設するなど、会社のミッションにも通ずる 「Belong anywhere working environment(居場所や繋がりを感じられる職場環境)」 が整備された15≪図表2≫。このような職場風景は、本社のみならず、各地のオフィスでも見られる。

また、勤務場所としてオフィスと自宅を柔軟に選択できるようにし、さらには、手当や補償などに格差を設けず年間90日を上限に、170か国以上の旅行先で勤務することも認めた16。定期的なオンライン会議だけでなく、毎四半期に一週間程度、オフィスで同僚と対面することをルールとし、業務の進捗報告のみならず、プライベートの共有を通じて、従業員に同僚間の信頼関係や繋がりを意識させることが重視されている17

Airbnbらしい発想は、従業員に振舞われる食事プログラムからも見て取れる。職場にあっても、世界の美味しい食べ物と出会う従業員体験が実現している。ゲストが世界各地を訪れ、美味しいご当地グルメと出会う体験も、Journey(旅)の醍醐味のひとつと考えるAirbnbならではと言えるだろう。世界各地に抱えるホストの提案を基に、従業員にさまざまな土地を訪れたかのような気持ちにさせる各国の料理が、米国サンフランシスコの本社で提供されたことは、メディアなどでも紹介された18。また、本社のみならず、各地のオフィスで提供される無償の食事や軽食に対する従業員からの高評価コメントは、今日も多く見られる19

Airbnbはゲストの体験価値を指すCXを最大化させることと同じように、従業員の体験価値を指すEXを最大化させることを重要な使命と認識していることが分かる。そして、ただ認識することに留まらず、企業としての打ち出すさまざまな施策≪図表3≫から、その使命を徹底的に体現していることが窺える。

(4)Airbnbに対する社内外の評価

Forbesは、ミレニアム世代が台頭する米国において、CXを高める経営哲学を自社の従業員にも当てはめ、企業を挙げてEX向上に取り組んでいることが、Airbnbの強みと指摘している20。また、世界中の経営者やビジネスパーソンが注目するHarvard Business Reviewでも、EX向上を目的とした先進的かつ模範的取組みを行う企業として、Airbnbが取り上げられている21

また、Airbnbは、2015年12月に公表された米国大手転職エージェントGlassdoorによる米国の大企業ランキング「Best Places to Work(最高の職場)2016」で第一位に選ばれた22。「最高の職場」は、Glassdoorが運営する転職情報サイトに登録している各社従業員から寄せられる経営者の手腕、給与、ワークライフバランスの実態に関する評価や離職に至った理由など、数千件以上にのぼる率直な口コミ情報が取集され、2009年以降毎年ランキングとして公表されているものである。現在でも、Glassdoorに口コミ情報を寄せたAirbnbの従業員約2,130名のうち82%が「友人に勧めたい職場」と回答している。その主な理由として、「ミッションを体現する企業の姿勢」、「成長の機会がある」、 「Fun environment(楽しい職場環境)」 などが挙げられている23

3.今改めて考えるEX向上の意義

Gallupは、離職経験者717名を対象としてヒアリング調査を実施し、米国の離職者のうち42%は防げたはずの離職であり、その兆候が上司によって見過ごされたという調査結果を公表した24。また、転職志望者は、潜在的に半数いるとされる。企業にとっても、本人にとっても望まない離職を食い止めるために、企業としてEX向上に取組む意義は大きいと指摘する。

今回取り上げたAirbnbは、ゲストに最高の「Journey(旅)」を届けるだけでなく、従業員に対しても最高の「Journey(旅)」、つまり「一連の従業員体験」を提供している。その背景には、働くことを「人生という長い 「Journey(旅)」の一部」と捉えていることがあると言えよう。

一人ひとりに等しく与えられた1日24時間という時間、ひいては人生という長い 「Journey(旅)」が、いかに有意義で、価値あるものとなるか、従業員が人生の一部を過ごす「仕事という体験」を提供する企業として、考えるべきことではないだろうか。

現在の日本企業にあっても、ジョブ型採用を積極的に導入するなど、典型的な終身雇用の概念が薄まり、雇用形態の多様化が進んでいる。 雇用の流動化のみならず、人口減少に伴う就業者の減少も加わる中、従業員に「選ばれる企業」を目指す必要がある。人生の一部を過ごす職場で、従業員にとって価値あるJourney(旅) ができるよう、日本企業もEX向上に取組むべき時代を迎えている。

  • Gallup Web サイト (visited Jan. 17, 2025)<https://www.gallup.com/workplace/323573/employee experience and workplace culture.aspx#ite 323588>
    Gallupは、米国に本部を置き、世界160か国、約3,500万人の従業員エンゲージメントデータを収集し、80年以上職場改善に向けた提言を行う調査会社。なお、従業員エンゲージメントは「従業員の仕事や職場への関与や熱意」と定義される。
  • Gallup Web サイト (visited Jan. 21, 2025) <https://www.gallup.com/467702/indicator employee retention attraction.aspx>
    2024年5月、離職志望者数の割合を調査するため、Gallupは米国の従業員約2万人を対象に、アンケート調査を行った。離職理由の調査のため、2023年11月までの1年間に離職した1,336名を対象に、アンケート(単一回答)が実施された。
  • Gallup Web サイト (visited Jan. 21, 2025) <https://www.gallup.com/workplace/654911/employee engagement sinks year low.aspx>
    Gallupは、毎四半期に一度、米国の従業員エンゲージメントを調査するため、国内約8万人の従業員を対象に、独自サーベイ「Gallup’s Q12」を実施している。
  • Deloitte, “2017 Deloitte Global Human Capital Trends”, Feb. 22, 2017
    2013年以降、米国Deloitteは、毎年数年人から1万人を超す人事担当者や会社経営者を対象に、アンケートやインタービューを通じた職場の実態調査を実施している。ここから寄せられた情報を、世界11か国の人事労務などの専門家、研究員などと連携して分析し、より良い人材開発、組織運営、職場作りに向けた提言を行っている。
  • 前掲注4
    原文では、”employees expect a productive, engaging, enjoyable work experience”と表現されている。
  • 前掲注4
    Deloitteも、「一連の従業員体験」を「Journey」と表現している。
  • Airbnb Web サイト (visited Jan. 20, 2025)<https://news.airbnb.com/about us/>
    2008年3月創業時の社名Airbed & Breakfastは、2009年3月、現在のAirbnbへ変更された。
  • Airbnb Web サイト (visited Jan. 20, 2025) <https://news.airbnb.com/biggestnightever/>
  • Airbnb Web サイト (visited Jan. 20, 2025) <https://news.airbnb.com/product-releases/airbnb-2024-winter-release/>
  • Bova, T., “5 Factors That Make for a Great Employee Experience”, Harvard Business Reviews, Jul. 11, 2023
  • Forbes Web サイト (visited Jan. 20, 2025)<https://www.forbes.com/sites/jacobmorgan/2016/02/01/global-head-employee-experience-airbnb-rid-of-human-resources/>
  • Forbes Web サイト (visited Jan. 20, 2025)<https://www.forbes.com/sites/jeannemeister/2015/07/21/the-future-of-work-airbnb-chro-becomes-chief-employee-experinece-officer/>
    原文では、”Everything at Airbnb is a continuation of what it’s like to be a guest in somebody’s house.” とある 。
  • 前掲注11
    原文では、”If Airbnb had a Customer Experience Group, why not create an Employee Experience Group?” とある。
  • 前掲注11,12
  • 前掲注12
  • Airbnb Web サイト (visited Jan. 21, 2025) <https://news.airbnb.com/airbnbs-design-to-live-and-work-anywhere/>
  • 前掲注16
  • 前掲注12
  • Glassdoor Web サイト (visited Jan. 21, 2025)<https://www.glassdoor.com/Benefits/Airbnb-Free-Lunch-or-Snacks-US-BNFT36_E391850_N1.htm>
  • 前掲注12
  • 前掲注10
  • Glassdoor Web サイト (visited Jan. 20, 2025)<https://www.glassdoor.com/Award/Best-Places-to-Work-2016-LST_KQ0,24.htm>
    Glassdoorは、現在250万社の求人情報を有する転職情報サイトの運営や職場改善に向けた提言などを行う米国企業。「最高の職場」ランキングでは、1,000名以上の従業員を有する企業を大企業、それ未満を中小企業の二種類ある。
  • 前掲注22
  • Gallup Webサイト(visited Jan. 21, 2025)<https://www.gallup.com/workplace/646538/employee-turnover-preventable-often-ignored.aspx>
    2023年11月、退職理由について調査するため、Gallupが直近1年以内に離職した米国の従業員717名を対象に、直接ヒアリングを実施した。

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