ワーク・エコノミックグロース

企業によるスポーツ活用にみるDE&Iの潮流
~国内外の事例から日本の「現在地」とこれからを考える~

上級研究員 大島 由佳

企業がDE&I推進にスポーツを活用する事例が見られる。日本では障がいの有無などによらず誰もがスポーツを楽しめる取組みを通じたDE&Iが推進され、企業の事業機会の創出にもなっている。一方、ジェンダー平等の機運に後押しされた女子チームスポーツ人気やDE&I推進は欧米ほどにはみられない。ジェンダーへのアンコンシャスバイアスに気づき、社会であがる声を多くの人が受けとめて意識や行動を変えるのは容易でない。子供のインクルーシブ教育をヒントに、誰もがスポーツを楽しめる取組みが人々の意識や行動を変える機会になり、そこに事業機会を見出す企業によりその動きが広がり浸透する可能性を考える。

1.企業がDE&Iにスポーツを活用する動き

「ダイバーシティ・エクイティ(公平性)&インクルージョン」(DE&I)という概念が広がっている。最近アメリカでは、採用や登用における性別や人種などへの配慮といった点で揺り戻しの動きがあるものの、多様な従業員が能力を発揮して高い生産性やイノベーションを実現するにはDE&Iは不可欠であり、DE&Iの推進が事業機会の創出やブランド力の向上につながると企業は考えている。DE&Iに取り組まないと、欲しい人材を獲得できなかったりレピュテーションリスクを生むとも認識されている。

そうした中、企業がDE&Iにスポーツを活用する例がみられる。ほかにも選択肢が存在する中、従業員がDE&Iを理解したり、広く人々がDE&Iを知り体感する機会の創出手段として活用されている。背景には、スポーツとDE&Iとの親和性があると考えられる《図表1》。

《図表1》の特性1 2には、音楽や演劇といったエンターテインメントや芸術など、スポーツ以外にもみられる特性もある。スポーツはDE&Iとの親和性を生む特性を①から⑥まで幅広く持つことで、DE&Iについて社会に効果的に課題や解決策を提示し、人々が体感したり自分事として捉える機会を作るといえる3

2.欧米でのスポーツを活用したDE&I推進

(1) 女子チームスポーツの人気の高まり

欧米では女子チームスポーツの人気が高まっている。例えばサッカーでは2022年のUEFA欧州女子選手権や2023年にオーストラリアとニュージーランドが共催したワールドカップ、ラグビーでは2022年にニュージーランドで行われたワールドカップなどメガイベントが開催されて高い集客をあげた。特に女子サッカーの人気が高まっていて、2022年のUEFA欧州女子選手権では決勝で大会史上最多の87,192人の観客を集め、1964年のUEFA欧州男子選手権決勝の79,115人を上回る欧州選手権史上最多を記録した4

女子サッカー人気の背景には、ESG(環境・社会・企業統治)やジェンダーへの意識や平等に対するムーブメントの高まりがある5。企業は女子サッカーがESGの投資先として話題性と成長性が期待できると認知するようになったという6。「男性スポーツをスポンサードしてきた企業にとって、男性だけ支援することはレピュテーションリスクが大きい状況になった」(イングランドプレミアリーグの関係者の声)ともいわれている7。例えば、女子サッカーのリーグや大会にスポンサーがつく事例が増加している《図表2》。

また、アメリカでは、報酬などの男女格差に対して女子代表選手がアメリカサッカー協会を提訴し、国際大会の代表選手への報酬などを男女平等に支払うことを定めた法律が2023年に成立した。イングランドやスペインなどでも代表選手の男女同一賃金が実現している8。プレーで魅了したりSNSなどでジェンダー不平等はじめ社会課題に意見を発信する女性選手に対してロールモデルとして憧れを抱く人も少なくない9

(2) 女子サッカーを活用した企業でのDE&I推進事例

そうした背景から、企業は女子サッカーを活用した多くの消費者へのリーチやブランド力向上に加え、ジェンダー平等やDE&I推進に高い期待を寄せていて、その期待がうかがえる取組みがみられる。

例えば、英金融大手のバークレイズ (Barclays)は、イングランド女子サッカー1部リーグのWoman’s Super Leagueとパートナーシップ契約を結び、多くの消費者へのリーチやブランド力の向上だけではなく、公平な機会の創出にも取り組んでいる。その一環として2022年に立ち上げたのがバークレイズ・コミュニティ・フットボール・ファンドである《図表3》。サッカーは自信、チームワーク、リーダーシップといった生涯役立つスキルへの扉を開くものであり、望む人誰もがサッカーをプレーできることがすべての人の機会創出につながるとする。貧困率の高い地域で活動するグループに焦点を当て、女性や少女、障がいのある若者、人種的に多様なコミュニティやLGBT+コミュニティの若者、社会経済的に厳しい状況にある若者に資金を援助している。これまで2,900超のコミュニティ、40万人超の若者を支援したという10

生涯役立つスキルとして掲げられたチームワークやリーダーシップは、《図表1》で「多様性と包摂性」のうち①にあげた「チームスポーツの場合、競技内で様々な立場/役割を担う人が存在・連携して成果を出す」というサッカーが持つ特性が源にあると考えられる。また、⑥「スポーツにはDE&Iに関する課題が少なくない」という特性の中でも、女性・少女や障がい者、人種やジェンダーその他によりサッカーをする機会を持つのが難しい人がいるという公平性の課題の解決を目指す取組みと捉えられる。サッカー人気が高いイギリスで当事者や本取組みに共感を寄せる人は少なくなく、⑤「リーチできる人が幅広い」とも考えられる。

アメリカでは、銀行などの金融サービスを展開するAllyが、女性選手がハラスメントにさらされずに安心してスポーツができるように取り組んでいる11。例えばアメリカ女子サッカー1部リーグのNational Women’s Soccer League(NWSL)と結んだパートナーシップ契約ではスポンサーシップ料の一部を直接NWSLの選手に分配するほか、リーグによるDE&Iの取組みに協力するという12

また、これまで男性スポーツに比べて女性スポーツへの広告支出の割合が低かった状況に対して、2022年にAllyは以後5年間で広告支出の割合を女性スポーツと男性スポーツで均等にする‟50/50 pledge” (50/50の誓い)を宣言した13。これは機会の公平性を目指す取組みといえるだろう。Allyは誓いと合わせて、“Watch the Game, Change the Game”というキャンペーンを展開したり、NWSLチャンピオンシップの試合の主要テレビ局でのゴールデンタイムの中継を実現させるなど、試合の視聴者数を増やす取組みを行い、優勝チームが決まった試合では平均視聴者数は前年より71%多い91万5千人にのぼったという。視聴者数の増加は広告効果の増大につながる。NWSLをはじめとする女性スポーツ以外への取組みもあっての結果ではあるが、2022年Allyのブランド認知度の伸びは前年比で過去最高を記録し、ブランドへの関心は2割増、顧客満足度は85%に達したという14

こうしたAllyの取組みは、《図表1》であげた⑥「スポーツにはDE&Iに関する課題が少なくない」という特性のうち、女性スポーツの試合がメディアで取り上げられる機会が少ないといった課題に対して、メディアへの働きかけなどを通じて露出や視聴者を増やすことで、⑤にあげた「社会への発信力」を高めて解決を目指すとともに、自社の認知度とブランド力の向上を図る取組みと捉えることができるだろう。

3.日本の「現在地」

(1) 女性スポーツ

2.(1)では欧米で女子チームスポーツが人気を高め成長産業としても期待される姿がみえたが、日本では女性スポーツの産業的価値は依然として男性スポーツの後塵を拝しているとされる15。例えば人気の高まりを女子サッカーで見てみると、日本とイングランドの国内トップリーグの平均観客動員数は2018-2019シーズンでは同水準だったが、2022-2023シーズンでは約3倍の開きになった16。また、2.(2)で紹介した企業が女性スポーツにDE&I推進の機会を見出す動きは、日本では欧米ほどには見受けられない。

日本と欧米で人々のスポーツとの関わり方、スポーツへの投資に対する考え方や税制などに違いがあり一概に比較できない17が、1つにはメディアを含む人々のジェンダー意識に差があるといわれる18。欧米では政府が女性スポーツに投資する場合があるほか、男子チームは女子チームも持つべきという社会的な眼差しがあるのに対して、日本はそれらが少なく成長の難しさにつながっているという19。一方、東京2020オリンピック・パラリンピック(以下「東京オリパラ」)では「多様性と調和」が掲げられ、報道での選手の取り上げ方や表現は日本でも変わりつつあるとみられる。それでも大会期間中に放送されたテレビのオリンピック番組を対象とした調査では、女性選手へのステレオタイプ表現がみられたほか、外見や身体的特徴に基づき差別するルッキズムの表現が男性選手の1.8倍、プライバシーに関する言及は男性選手の4.25倍だったという20。2022年のある調査ではステレオタイプなどの問題視されている表現に読者は必ずしも違和感を覚えるわけではないと考察している21。ジェンダー意識やアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)によりプレーと関係ない点で評価や期待がされたり機会や選択肢が狭められるならば社会は変化を求められよう。

(2) DE&I推進へのパラスポーツやインクルーシブスポーツの活用

一方、東京オリパラを経て日本で企業のスポーツ活用として特に見られるのが、パラスポーツ(障がい者スポーツ)の観戦や体験、パラアスリートの雇用などによるDE&I推進だ22。障がいの有無や年齢・性別・文化的背景などに関わらず誰もが平等に参加できる「インクルーシブスポーツ」への協賛など、競技者の包摂性を高める取組みも広がっている。

例えば、目薬の製造販売などを行う参天製薬は、2020年に日本ブラインドサッカー協会とパートナーシップ契約を締結した。世界中で親しまれているサッカーは言語などの垣根を越えて人々が楽しめる。ブラインドサッカーは、視覚障がい者と晴眼者が一緒にプレーするのが特徴でもあり、両者の理解を深める機会になるという23。具体的には、相互理解のための子供向け啓発活動のほか、視覚障がいのある子供が学校以外でスポーツに日常的に取り組むきっかけとしてキャンプを開催している。また、晴眼者の従業員がアイマスクをして「見えない体験」をする研修を行っている。大会やキャンプには従業員がボランティアとして参加し、ブラインドサッカーや視覚障がいの当事者と接することで理解を深めているという。

障がい者への理解促進や競技者の包摂性向上のみならず、観戦者の包摂性を高める取組みも広がっている24。視覚や聴覚などに障がいがある人が試合を楽しむ機会の提供、大きな音・強い光や人混みなどが苦手でも観戦できるセンサリールームの設置、託児スペースの創設などへの企業の協賛や技術協力の動きだ25

例えば、電通は視覚障がい者と健常者の情報格差をなくしてすべての人がスポーツ観戦を楽しめるよう、音声実況AI「Voice Watch」を開発した《図表4》。AIを活用して視覚情報を音声情報に変換して目の前の光景をリアルタイムで伝える。2022年にF1のレースで初めて導入され、利用した視覚障がい者の人からレースを楽しめた、スポーツ観戦の場に足を運んでみたくなったという声があったほか、視覚障がい者ではない人からも、レース展開がわかりやすく観戦が楽しくなったとの声が聞かれたという26

これらの事例は、《図表1》の⑥「スポーツにはDE&Iに関する課題が少なくない」という特性の中でも、障がいなどで機会を得づらい場合があるという公平性の課題への取組みと捉えられる。①~③からくる「多様性が包摂される場を創出しやすい」という特性と、⑤にある「様々な形で人々が体感できる」という特性を活かして、企業はDE&Iへの従業員や社会の理解促進、機会が限られる人への機会提供を行っている。技術によるDE&I実現と事業機会創出、社会的インパクトにも期待しているといえる。

更に日本では、インクルーシブスポーツの種目を新たに生む動きが近年起こっている。世界ゆるスポーツ協会では、年齢・性別・運動神経に関わらず楽しめる新しいスポーツを「ゆるスポーツ」と名付け、様々な種目を生み出している。例えば、「イモムシラグビー」という種目は、専用の「イモムシウェア」を装着したメンバーが5人対5人でラグビーを行う《図表5》。動き方はほふく前進か転がるかで、パスはゴロのみというルールだ。従来のスポーツで勝敗を左右する体の強さや足の速さなどの要素が重要ではなくなり、障がいの有無のほか、性別も関係なく、自然と各自が持つ強みや特性を活かした役割分担や連携が生まれるという27

企業が自社の技術を活かした種目を同協会に依頼して作り、人々に体験してもらう取組みも進んでいる28。例えば、NECは世界に誇る自社の顔認証技術を使った「顔借競争」を同協会と作った。お題に当てはまるものを探して一緒にゴールする「借りもの競争」をものではなく人の顔を借りる形にアレンジした種目で、その場で自分と顔が最も似ている人を探すスポーツだ。顔認証技術で2人の顔の一致度を判定し、最も高い一致度のペアが優勝となる《図表6》。企業はゆるスポーツを通じて、様々な人が包摂される場を創出する自社の取組みと技術力の高さを人々に楽しみながら体感してもらえる。「顔借競争」はニュースとしてテレビで放送され、その中では勝負の鍵となる高い顔認証技術が紹介されるという29。参加者に限らずメディアを通じた幅広い認知の獲得とブランド力の向上も期待できるといえるだろう。

また、技術で人間の機能を拡張して肉体的な違いや性別・年齢などのハンディをなくし、誰もが楽しめる「超人スポーツ」を作るプロジェクトもある30。人の力で競う既存スポーツのルールを変える取組みだ。例えば「バルーンジャマー」という種目は、2人の選手が落葉を吹き飛ばす清掃用機械を使って自陣の風船を相手陣地に時間内に送り込んだ量を競う。天井のカメラで風船の侵入量を計測し、少ない選手を勝者と判定する《図表7》。

清掃用機械のような既に身近にある技術や機械を活用する種目もあれば、ARやVR、ロボティクスなどの技術を活用した種目もある。運動の得意不得意や障がいなどに関わらず様々な人が楽しめる競技に対して、娯楽やエンターテインメントなどの産業としての可能性、そこでの自社技術の開発や活用、人々の認知獲得、モノづくりへの関心の喚起などの機会として魅力を感じ、興味を示す企業がみられる31

ゆるスポーツや超人スポーツの事例は、誰かを排除するわけでも特定の人にハンディキャップを与えるわけでもなく、競技内容やルールにより誰もが参加して楽しめる包摂性を実現している。音声実況AIの事例であげた「多様性が包摂される場を創出しやすい」特性と「様々な形で人々が体感できる」特性に加えて《図表1》④「公平性」の「ルールの存在」を活かした事例といえる。また、企業が持つ技術を活かした種目作りではDE&I理解促進に加えて、事業機会創出や自社技術を知ってもらうことでのブランド力向上も期待できる。

4.考察 ~「現在地」から前進するために~

(1)インクルーシブ教育にみるヒント

3.(2)でみたように、日本のスポーツにおいて、障がいの有無や運動の得意不得意といった点で垣根を取り払う動きがある。他者と共に感情や体験を共有しやすいスポーツの特性を活かして、「誰かの不便・不快の解消が当事者の機会を広げるのみならず、他の人の理解や快適さ、楽しさにもつながり様々な人が包摂される」姿、そこに企業が事業機会を見出すというDE&Iの潮流が見えた。一方、3.(1)でみたようなジェンダー意識やアンコンシャスバイアスによりプレーと関係ない点で評価や期待がされたり機会や選択肢が狭められる場合がある現状は変わっていくことが望まれる。しかし、そうした現状に誰かが声をあげた際、共感する人だけではなく、反発する人、自分には関係ないと感じる人もいるだろう。人々が声をあげたり、そうした声に耳を傾ける重要性は言うまでもないが、同時に、様々な人が共感したり自分に関係する課題だと感じる機会づくりが、近道ではなくても前進の一助になるかもしれない。

そうした機会づくりに関して、近年子供の教育の分野で注目されているインクルーシブ教育は、様々な人が競技や観戦を楽しめる包摂性が高いスポーツの場づくりが進む日本にとってヒントになるだろう。日本のインクルーシブ教育は従来の特別支援教育の延長線上にあるといわれるが、世界的には特定の対象者を念頭に置いているわけではない。障がいの有無、国籍、人種、性別や経済状況などに関係なく共に学び、子供があらゆる多様性を尊重できるようになることで、共生社会の実現が期待できるという32

障がいやジェンダーなど特定の側面だけに焦点を当てると、自分はこちら側、あの人はあちら側といった対立や無関心、マイノリティ/マジョリティという二項対立構造になりかねない。しかし、子供たちが学校で直面する障壁は多様で、例えば、聴覚が発達しているため教室での大勢での楽器演奏に苦痛を感じる、何気ない会話に含まれる「女の子らしさ」「男の子らしさ」や制服が耐えられない、クラス全体で同じ行動を求められることに息苦しさを覚えるといった具合だ。そうした一人ひとり異なる障壁を各自に応じて取り除こうとする点が、国際的なインクルーシブ教育の潮流である。障壁として多様な要素に目を向けることで、あの人はマイノリティ、別のあの人はマジョリティといった二項対立構造ではなく、自分も含めて誰もが何かしらの障壁を持つ当事者になりえるという見え方になる。子供たちはそうした環境で過ごすことで、世の中には多様な人がいて、特定の違いにフォーカスして対立・反発したり無関心でいるのではなく、様々な違いを認め合い、助け合わなければならないと肌感覚で学び取れるとされる。そうした環境下では、ジェンダーへの意識やアンコンシャスバイアスに反発したり自分には関係ないとは感じにくくなるのではないか。

(2)日本で広がり始めているスポーツを活用したDE&Iにみる可能性

そんなインクルーシブ教育だが、大人は受ける機会がないのが実情だ。しかし、現在日本で広がり始めている「誰かの不便・不快の解消が当事者の機会を広げるのみならず、他の人の理解や快適さ、楽しさにもつながり様々な人が包摂される」ことをスポーツを活用して目指す動きが、代わりの機会になりえるのではないか。誰かが不便やつらさを感じる状況に対して見聞きするだけではなく、その人と自分との共同体験があって初めて自分事になるとの指摘がある33。インクルーシブ教育では様々な子供が共に学ぶ共同体験をする。翻ってスポーツでの包摂性を高める取組みをみると、音声実況AIの事例では、誰かの不便の解消手段を一緒に試したら自覚していなかった自分の不便の解消や心地よさの向上につながった。また、ゆるスポーツや超人スポーツの事例では、新しいルールを作ることで従来の「強者」と「弱者」の二項対立関係が崩れ、既存のルールに縛られない状態を人々が他者と楽しみながら体感する機会になった。いずれの事例も《図表1》の③にある「感情や体験などを共有する」や、①~③からくる「多様性が包摂される場を創出しやすい」、⑤にある「様々な形で人々が体感できる」という特性を活かして他者と自分との共同体験を生んでいるといえよう。

なお、性別のステレオタイプには、「女らしさ」のみならず、例えば「マッチョイズム」と呼ばれる伝統的な「男らしさ」もあり、そうした価値観に苦しむ人は自覚していない人も含めて性別を問わず存在するとされる34。ほかにも年齢や親・長子などの立場により、「こうでなければいけない」というイメージから生きづらさを抱えたり、気づかぬうちに誰かにつらい思いをさせること、社会のルールや「当たり前」の下で我慢したり諦めたりする人もいる。人それぞれ障壁と感じるものは違う。スポーツの場を使って様々な人の障壁を取り除いてあらゆる人が包摂される社会を実現しようという取組みが、ジェンダーへのアンコンシャスバイアスを人々が自覚したり変える機会になるには、インクルーシブ教育と同様にジェンダーに限らず多様な側面に目を向ける必要があるだろう。逆説的かもしれないが、それがジェンダー平等に向けて多くの人を動かす鍵といえよう。例えば2.(2)で紹介したバークレイズ・コミュニティ・フットボール・ファンドの事例では、女性や少女のほか、障がいのある若者、人種的に多様なコミュニティやLGBT+コミュニティの若者、社会経済的に厳しい状況にある若者など、サッカーをする機会を持つのが難しい人たちを1つの層に限らずアプローチしている。取組みに共感したり自分事と感じる人を増やすうえで効果的と考えられる。また、インクルーシブな考え方が社会に広がるとDE&Iにさらにスポーツが活用される好循環が生まれるとも期待される。

5.むすび ~スポーツを活用したDE&Iに事業機会を見出す企業への期待~

本稿では、企業によるスポーツ活用の国内外の事例を通じて、日本のDE&Iの「現在地」とこれからを見てきた。パラスポーツやインクルーシブスポーツが企業のDE&Iに活用されたり、誰かの不便・不快の解消が当事者の機会を広げるのみならず、他の人の理解や快適さ、楽しさにもつながり、様々な人が包摂されることをスポーツを活用して目指す動きがみられた。一方、スポーツにおいてジェンダーに対する人々の意識やアンコンシャスバイアスにより、プレーと関係ない点で評価や期待がされたり機会や選択肢が狭められる場合があるという現状がうかがわれた。そして、インクルーシブ教育をヒントに、スポーツの場を使って様々な人の障壁を取り除いてあらゆる人が包摂される社会を目指す取組みがそうした意識を自覚し変える機会になる可能性を考察した。

企業にとってそうした取組みを営利を考慮せずに続けることは難しいだろう。冒頭で触れたとおり、アメリカでは採用や登用における性別や人種などへの配慮といったDE&Iの推進が「逆差別的」として、企業が一部の投資家や活動家から圧力を受けていて、揺り戻しの動きが昨今みられる35。そうした趨勢を踏まえても、DE&Iに対して機会の公平性を実現するという視点だけではなく、事業創出やブランド力向上の機会であったり、高い生産性やイノベーションを生み出すための必要条件として捉えるなど、DE&Iによって何を実現したいのかという視点がより問われるだろう。同時に、揺り戻しといっても差別や排除が正当化されてはならず、公平性の確保やあらゆる人に対する包摂性を実現するという流れは今後も続くものと考えられる。

3.(2)で紹介した音声実況AIの事例や、企業が自社の技術を活かしてゆるスポーツなどの種目を作る動きに見られるように、スポーツを活用したDE&Iの取組みが事業創出やブランド力向上の機会になると捉える企業が出てきている。企業の事業活動の中でそうした取組みが広がれば、日々の暮らしで商品やサービスを通じて企業の事業活動と関わる大人にアプローチできるほか、持続性や規模も生まれやすいだろう。例えばジェンダーに関しては、衣料品や化粧品、宝飾品などの領域を中心に、ジェンダーの区別を設けない商品の市場であるジェンダーレス市場が拡大している36。誰もが様々な選択肢を持てるという点で市場の広がりや包摂性が期待できるだろう。また、このように日常的に触れる商品やサービスの広がりは、人々の認識や行動などにも影響や変化を与えるとも考えられる。

ジェンダーその他に対するステレオタイプやアンコンシャスバイアスへの気づきと変化の機会づくりの一翼を企業が担い、事業活動を通じて社会に広げ浸透させていくことを今後期待したい。

  • 《図表1》内の③について、チームへの思いが著しく大きい、特定の人の間での仲間意識が強いといった場合、排他性・攻撃性が生じる場合もある。
  • 《図表1》内の⑤について、社会への発信力はいい面だけでなく、例えばスポーツウォッシングと呼ばれる「為政者などに都合の悪い社会の歪みや矛盾を、スポーツを使うことで人々の気をそらせて覆い隠す行為」が、特にオリンピックなどのメガイベントではしばしば起こるとも指摘されている。西村章「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社新書、2023年11月)
  • 例えば、経済産業省 「令和5年度商取引・サービス環境の適正化に係る事業(国内外のスポーツリーグ・クラブの経営実態等の調査事業) 調査報告書では、イングランドのプレミアリーグクラブ関係者へのヒアリングで、特に直近5年程でサステナビリティ・ESG関連の取組みがトレンドとなり、背景に「スポーツは感情との結びつきが強いため、サステナビリティ、多様性等の文脈で企業を差別化するストーリーテリングとの親和性が非常に高い」という意見があったと紹介している。
  • 宮崎純一「スポーツ産業における女性スポーツの発展性に関する考察」(青山経営論集 第58巻 第4号、2024年3月)。全31 試合の総観客数は574,875人で前回大会の総観客数を2倍以上上回ったという。
  • 日本経済新聞 「成長続く女子サッカー市場、日本での人気定着のカギは」(2023年6月12日)
  • 日本経済新聞 「欧州で女子人気上昇 米は男女待遇格差是正も」(2023年7月21日)、PwC 「PwCスポーツ産業調査(第7版)―逆境を乗り越えて新たなフェーズへ―」(2023年5月)
  • 経済産業省 「令和4年度商取引・サービス環境の適正化に係る事業(スポーツ産業に関する諸外国の動向調査事業) 調査報告書」(2023年3月)
  • AFP BB News 「スペイン代表も男女平等化、ボーナスなど同額に サッカー」(2022年6月15日)
  • FIFPRO “Raising Our Game Women’s Football Report 2020”
  • Barclays “Diversity, Equity and Inclusion Report 2023”
  • Ally Financial Inc. “Ally 2022 Annual Report”
  • Ally Press Releases “NWSL welcomes Ally as first official banking partner, league-wide sleeve sponsor”, Mar 30, 2021
  • 前掲注11
  • 前掲注11
  • 宮崎純一「スポーツ産業における女性スポーツの発展性に関する考察」(前掲注4)
  • HALF TIME 「ビジネスとして急成長する、欧州女子サッカーの今【観客動員編】」 (2024年2月29日)
  • REALSPORTS 「アメリカで“女子スポーツ史上最大のメディア投資”が実現。米在住の元WEリーグチェアに聞く成功の裏側」(2023年12月12日) < https://real-sports.jp/page/articles/202312120/ > (visited Nov. 11, 2024)
  • トニー・ブルース著、前田博子ら訳 「メディアの中のスポーツウーマン:オリンピック報道と日常的報道の国際的動向についての分析」(スポーツとジェンダー研究 第15巻、2017年)、小林直美 「オリンピックニュースとジェンダー―日本の報道傾向と新たなコミュニケーションの構築に向けて―」(関西大学人権問題研究室紀要 第80巻、2020年10月)、VOGUE JAPAN 「FIFA女子サッカーW杯で選手らに向けられるレンズや質問は適切か?ビジュアル視点で切り取る、スポーツ界のジェンダーギャップ」(2023年8月3日)、ほか
  • GLOBE+ 「W杯開催目前 オープンで多様性を表現できる女子サッカーに WEリーグの髙田チェア」(2023年7月14日)
  • 三須亜希子ほか 「東京2020大会テレビ報道のジェンダー表象分析」(スポーツとジェンダー研究 第21巻、2023年)
  • 高峰修・忠鉢信一「スポーツのニュース記事におけるジェンダー表象に対する違和感:読者の性別と年齢層に着目して」(スポーツとジェンダー研究 第21巻、2023年)
  • 日本経済新聞 「パラスポーツ、企業の支援広がる アスリート雇用や協賛」(2021年8月25日)、東京都オリンピック・パラリンピック準備局 「企業・団体によるパラスポーツ振興の取組事例集 vol.2」(2022年3月)
  • 参天製薬 ホームページ < https://www.santen.com/ja/sustainability/inclusion/inclusion001#vision >、Team Beyondホームページ < https://www.para-sports.tokyo/enterprise/voice/voice_0054/ > (visited Nov. 18, 2024)
  • 日本サッカー協会「JFAインクルーシブプログラム」、クリアソン新宿「サッカーの日に国立競技場で開催するJFL第28節にて、一般社団法人日本障がい者サッカー連盟と連携して、誰もが楽しめる観戦環境づくりに挑戦」(2024年10月1日)ほか
  • NHK おはBiz 「スポーツ観戦をバリアフリーに」(2024年10月15日)、パラサポWEB 「日本サッカー協会と東京藝大がコラボ!スポーツ×アートで生み出すセンサリールームとは」(2024年1月22日)、日本女子プロサッカーリーグ 「2024-25シーズン WEリーグ 各クラブの託児施設について」(2024年9月4日)
  • 電通ホームページ 「AI実況はスポーツ観戦をどう変える? 「Voice Watch」」(2024年2月8日)
    < https://www.dentsu.co.jp/showcase/voicewatch.html > (visited Nov. 18, 2024)
  • 澤田智洋 「マイノリティデザイン 「弱さ」を生かせる社会をつくろう」(2021年1月、株式会社ライツ社)
  • 同上
  • 前掲注27
  • 超人スポーツプロジェクト ホームページ < https://superhuman-sports.org/s3/ > (visited Nov. 19, 2024)
  • 人と車が人機一体で競うF1は第1次産業革命(機械化)と第2次産業革命(電力活用)が生み出した自動車産業の最先端技術を結集して作られたのに対して、超人スポーツは第3次産業革命(IT活用)と第4次産業革命(AIやロボティクス、IoTの活用)が生み出すスポーツであり、F1と同様に超人スポーツからも様々なビジネスが生まれると期待する指摘もある。日経BP 未来コトハジメ 「ハイテクを使った新スポーツが広がる未来 身体的ハンデを乗り越え対戦」(2016年8月1日)
  • ジェンダーの点では例えば2021年にスコットランドが世界で初めて「LGBTQ+インクルーシブ教育」を公立学校で義務化した。性別による役割認識にとらわれない中立的な思考や行動を意味する「ジェンダーニュートラル」は世界の教育現場で広がっている。日本でも障がいに限らずジェンダーや貧困など様々な点で子供を包摂する取組みがみられる。
  • 朝日新聞SDGs ACTION! 「健常者が「自分事」ととらえれば、社会は変わる 栗栖良依さんインタビュー」(2021年8月25日) < https://www.asahi.com/sdgs/article/14419866 > (visited Dec. 4, 2024)
  • 筒井健太郎 「マッチョイズム─男性がありのままになることを阻む壁─」(2022年7月8日)
  • 日本経済新聞 「企業の多様性活動、米で見直し相次ぐ トヨタ・日産も」(2025年1月8日)
  • 伊藤忠商事 「繊維月報」(Vol.738、2021年10月号)

PDF書類をご覧いただくには、Adobe Readerが必要です。
右のアイコンをクリックしAcrobet(R) Readerをダウンロードしてください。

この記事に関するお問い合わせ

お問い合わせ
TOPへ戻る