シティ・モビリティ

日本最大規模の広域交通連携「九州MaaS」
~「フィジカルなくしてデジタルなし」を理念に据えて~

上級研究員 福嶋 一太

人口減少が地域公共交通に与える悪影響を軽減しようと、国はデジタル化や事業者間共創などによる「地域交通の『リ・デザイン』」を推進している。そうしたなか、九州全域を対象とする広域交通連携の「九州MaaS」が2024年8月に始動した。九州MaaSでは、事業者・行政が県域を越えて連携し、デジタル面だけでなく乗り継ぎなどのフィジカル面からも利用者の利便性を高めようとしている。九州と同面積で広域交通連携が進むスイスの公共交通制度と九州MaaSを比較すると、フィジカル面ではパターンダイヤの導入による乗り継ぎ時間の短縮による利用者の利便性向上が、デジタル面ではmy routeを活用した商品開発、経営資源の豊富な企業を中心としたマーケティング体制の強化が、今後九州MaaSに期待されるだろう。
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1.はじめに

地域の社会経済活動に不可欠な公共交通では、人口減少による利用者の減少に加え、運営事業者では人手不足の深刻化から路線縮小が行われ、需要・供給両面からの苦闘が続いている。こうした地域公共交通を取り巻く環境の悪化は、事業者単独の経営努力による対応が難しい。そのため国は、地域公共交通の利便性・持続可能性・生産性を高めるために「地域交通の『リ・デザイン』」を推進している1。この地域交通のリ・デザインは、自動運転やMaaS2などのデジタル技術を実装する「交通DX」、車両電動化などの「交通GX」、官民共創・交通事業者間共創・交通以外の他分野共創という「3つの共創」から構成される3。これらを実現するため、国は地域公共交通確保維持改善事業として2024年度に208億円4の予算を確保し、地域の多様な関係者が連携・協働した取り組みを通じて、地域交通の維持・活性化を図る事業を支援する「共創・MaaS実証プロジェクト」や、自動運転の社会実装を進める「自動運転社会実装推進事業」などが行われている。

本稿では、国が推進している地域交通のリ・デザインに係る取り組みのうち、広域で「共創」が行われている「九州MaaS」に焦点を当てて取り組み内容を概説したうえで、日本に先んじて広域交通連携が進むスイスの事例を参照しながら、九州MaaSの今後を展望したい。

2.九州MaaSについて

(1)概要

九州MaaSとは、九州7県5で、トヨタグループが提供するスマートフォンアプリ「my route」を通じて鉄道、バス、船舶といった交通モード(交通手段)を横断したデジタルチケットの予約・購入がワンストップでできるサービスである。すでに販売されているチケットのなかで一例を挙げると、「熊電電車・ひのくに号乗継乗車券」は、高速バスが止まる駅までの熊本電気鉄道の切符と、その駅前から福岡までの高速バス「ひのくに号」のチケットがセットになっている。my routeから事前に購入でき、チケット画面を駅係員や乗務員に提示するだけで乗車可能だ。また、2019年からは交通検索大手の「NAVITIME」がmy routeに協力しており、複数の移動サービスを組み合わせた最適な経路の検索、運行状況の確認、観光・宿泊施設の情報提供が行われている。
 今後は、各社の鉄道・路線バスなどが乗り放題になる周遊パスや、交通と買い物を組み合わせたデジタルチケットなどの拡充、MaaS利用データの利活用などが予定されている。九州MaaSは、交通モード、事業者、行政区域の垣根を越えた日本最大規模の交通連携といえよう。
 このような広域連携型MaaSがどのように構築されたのか、サービスを開始して見えてきたメリットや課題はどこにあるのかなどについて、九州MaaSの立ち上げから中心的な役割を果たしている西日本鉄道へのインタビュー6を通じて明らかにしていく。

(2)設立経緯

①西日本鉄道とJR九州によるアライアンス

九州MaaSの設立の背景にあるのが、九州の人口減少と労働力不足である。九州の人口は2050年には約1,013万人になる見込みで、2020年の1,280万人と比して約2割減少する7。また、運転手不足による公共交通網縮小の懸念は九州全域に広がっている。
 九州で最大のバス路線網を有し、複数の鉄道路線も運行する西日本鉄道では、2018年のダイヤ改正において福岡市中心部で黒字のバス路線の一部を縮小せざるを得ないほど、運転手不足の問題が顕在化していた8。そのため同社は、バス単独としてではなく、同社が運行する鉄道路線も含めた交通モード全体としてのネットワーク機能を強化することで、この種の課題を解決しようとした。その対策の一つがMaaSの利活用である。2018年11月に西日本鉄道はトヨタ自動車との連携を発表し、移動手段の検索、予約、決済まで一括で対応できるアプリmy routeを使用したMaaSの実証実験に着手した。しかし、この実験を進めるにつれて、西日本鉄道単独の取り組みでは鉄道・バスといった交通モード相互の有機的なネットワーク機能が十分に向上せず、MaaS導入による効果が小さいことが明らかになってきた。
 そのような状況下で、九州全域に鉄道網を持つ九州旅客鉄道株式会社(JR九州)から西日本鉄道へ今後のMaaS展開についてアプローチがあった。両社とも、鉄道・バス・船舶・タクシーといった交通モード間の協業・連携が必要という認識は共通していたため、九州の大手交通事業者としてライバル関係にあった両社のアライアンス締結(2019年10月)につながった。このアライアンス締結に際しては、西日本鉄道、JR九州ともに、これまでにMaaSに関する何らかの実務経験があり、現場を良く知る課長がキーマンとして調整にあたったという。

②九州全体を巻き込んだ九州MaaSへの展開

西日本鉄道とJR九州というバス・鉄道の巨大ネットワークを持つ両社が連携を強化するなかで、2社だけにとどまらず、他の交通事業者や行政なども巻き込もうとする構想が浮かび上がった。その際に大きな役割を担ったのが九州経済連合会(九経連)である。
西日本鉄道の倉富純男氏(代表取締役・取締役会長)は、2021年6月に九経連の会長に就任すると、従来の2社のアライアンスを九州全域の事業者や行政などが参画する九州MaaSへ昇華させるよう、各所に働きかけた。その結果、九州各県や政令市(福岡市・北九州市・熊本市)の交通政策担当部局、鉄道・バス・タクシー事業者など官民が幅広く参加する「九州MaaSプロジェクト研究会」が2022年5月に組成され、西日本鉄道、JR九州、九経連はその事務局となった。同研究会は、九州MaaSの取り組み方向や基礎理念を定めた「九州MaaSグランドデザイン」を取りまとめた≪図表1≫。
 その後、研究会は2023年7月に「九州MaaS 実行組織準備会」に改組され、九州MaaSの準備作業が進められた。2024年4月には、九州MaaSの運営団体として行政(九州7県)や九経連、西日本鉄道、JR九州などから構成される「九州Maas協議会」が設立され、2024年8月1日に九州MaaSのサービス提供が始まった。
 九州MaaSは、九州MaaSグランドデザインが定めた基礎理念をそのまま引き継いでいる。4つある九州MaaSの理念のなかで、とくに重要視されるのは「フィジカルなくしてデジタルなし」で、具体的には「デジタル領域での連携に限らず、乗継時間を考慮したダイヤ編成や乗継環境の整備、初訪問者でも分かりやすい移動環境の整備等のフィジカル面での連携にも両輪で取り組むこと」と示されている。一般的なMaaSでは、複数の交通モードを束ねる役割を担うデジタルツールの開発が主軸となる。デジタルツールによって、住民や観光客といった利用者は、乗り継ぎのたびに紙の切符を購入する手間をかけずに交通機関を利用できる。これに対し九州MaaSは、「デジタル」の領域にとどまらず、「フィジカル」の領域にも踏み込んで、乗り継ぎのしやすさを高めるなどして交通網全体の利便性を高める取り組みに力を入れようとしている。このようにデジタル・フィジカル両面での連携推進をうたっている点が、九州Maasの大きな特徴といえる。

≪図表1≫九州MaaSが掲げる理念(九州MaaSグランドデザインで定める基礎理念)

(出典)九州MaaSグランドデザインより当社作成

(3)サービスを開始して見えてきたこと

九州MaaSのサービス開始からまだ数カ月しか経っていないが、西日本鉄道へのインタビューによると、九州MaaS内に設置された複数のワーキンググループ(以下、WG)において情報共有やかっ達な議論が行われている≪図表2≫。
 WGは、九州MaaSの理念の実現に向けた具体的な取り組み領域ごとに設置されており、例えば、「フィジカルなくしてデジタルなし」については、「ボーダレス推進WG」で乗り継ぎの利便性向上が議論される。重要なのは、事業者間で様々な意見が出た際や、議論に行き詰った際には、立ち戻る軸として九州MaaSが掲げる4つの理念・グランドデザインが機能している点である。参加者すべてに共通する目的を再確認しながら議論を交わす場として、WGはこれまでのところは効果的に機能しているとのことである。

≪図表2≫九州MaaS内に設置されたワーキンググループ

(出典)西日本鉄道提供資料より当社作成

また、WGは、補助金の存在やその申請方法、乗り継ぎの利便性向上やインバウンド対応にかかわる取り組み事例を共有するなど、情報連携機能も果たしている。この点は参加者から大きなメリットとして認識されている。交通事業者は単独で行うよりも効率的に情報収集できるようになり、また行政側の参加者にとっても、補助金の周知や審査・交付作業をより効率的かつ適切に実施できることが期待できる。
 このようにWGでの議論を起点として各種の取り組みが進められている九州MaaSであるが、いくつかの課題も存在するという。一つ目の課題は、デジタル面だけでなくフィジカル面においても利便性を確保することである。九州MaaSが最終的に目指す「利便性の高さ」とは、参加する交通事業者が鉄道やバス、船舶といった異なる交通モード間の乗り継ぎを工夫するなどして、九州全域を一つのデジタルチケットで、より迅速に目的地にたどり着けたり周遊できたりすることをいう。現時点ではこの目標の実現には至っておらず、特定の限られた区間での共通チケット発売などにとどまっている。フィジカルとデジタルの両面での取り組みを一層強化することで、利用者がより大きな利便性を体感できるような商品の登場・拡充が望まれる。
 二つ目の課題は、このような商品開発の基礎となるモビリティデータの取得・活用環境の整備である。九州MaaSでは、my routeに加え、交通系ICカードやクレジットカードのタッチ決済による乗車記録などデータを取得・活用する方法を「データ利活用WG」を通じて整理中であり、今後、具体的に検討を進めていく予定だという。
 三つ目の課題として、九州MaaSの事務運用の効率化が挙げられる。九州MaaS経由で売り上げたチケット収入や、アプリ使用料などの費用を参加事業者間で配分する精算事務には、マニュアル作業に依拠する部分がまだ少なからず存在している。この点については特定のWGで議論されていないものの、課題としては認識されており、今後の対応が待たれるところである。
 ここまでみてきた九州MaaSは、①事業者・行政が県域を超えて広く連携した交通網を構築しようとしている点、②デジタル面にとどまらずフィジカル面においても利用者の利便性を高めようとしている点において、わが国では他に類例をみないプロジェクトである。ただ、海外に目を向けると、同様の取り組みを行う国は欧州を中心に存在する。そこで次章では、九州MaaSへの示唆を探るために、九州とほぼ同等の面積であるスイスの事例を取り上げる。スイスでは、鉄道・バス・船舶といった公共交通機関がデジタル・フィジカルの両面で連携しており、具体的には、分かりやすいダイヤの導入、異なる交通事業者間の乗り継ぎに係る利便性の向上、公共交通を利用した1旅程を1チケットで乗車できる制度の構築などが全土で進められている。

3.スイスの公共交通制度

(1)パターンダイヤと乗継の利便性向上

スイスの公共交通では、毎時0分、30分といったように同時刻に列車が到着する分かりやすいダイヤの仕組みである「パターンダイヤ」が採用されている。このパターンダイヤは、1982年にスイス国鉄(SBB)のチューリッヒ駅など主要駅に導入され、1985年には公共交通の利用者が1974年対比で23.4%増加した9。これをきっかけに、スイスではパターンダイヤの採用が進み、現在ではSBBだけでなく、地方私鉄や路線バスなどスイス全土で浸透している。パターンダイヤは、鉄道間の乗り継ぎだけでなく、鉄道とバス、バスと船舶といった異なる交通モード間での乗り継ぎの利便性も向上させた。毎時同時刻に電車が到着するという定時性が確保されるため、電車の到着から一定時間後にバスが出発するように運行体制を見直すなど、交通モード間の連携が容易になったのである。
 このように、スイスの公共交通ではパターンダイヤによって利用者に分かりやすさと利便性を提供している。加えて、国内観光地間の移動が容易になったことで、観光客の回遊性も向上したとされている

(2)1旅程1チケットの原則と事業者間連携

デジタル化が進む前からスイスでは、旅客輸送法(”Personenbeförderungsgesetz”,PBG)第16条によって、公共交通事業者は、出発地から目的地までの1旅程につき1枚のチケットで輸送サービスを提供しなければならないとされている。同法が定める1旅程には、鉄道、バス、船舶といった単独の公共交通機関による旅程のみならず、これらの公共交通機関が組み合わさった旅程も含まれている。また同法第17条では、1旅程1チケットの実現に向けて公共交通事業者は連携すべきことも定められている。この連携を実務上主導しているのは、アライアンス・スイス・パス(ASP)という協同組合である。
 ASPには、住民の普段の足である地域公共交通を運営する事業者や、スイス全土に鉄道網を張り巡らせているスイス国鉄、観光鉄道を運行する事業者など、すべての公共交通事業者が参加している10。ASPは事業者間をまたぐチケットに係る利害調整やシステム開発などを担っており、その意思決定は、参加事業者によって組成されるワーキンググループの議論を経る形で行われている。
 チケット収入の精算も、ASPが手掛ける主要業務である。スイスでは、出発地や経由地、降車地が確定している通常の切符のほか、事前購入によって料金が半額になるチケットや、一定期間は公共交通機関に乗り放題となるチケットが存在する。このようなチケットの販売収入は、その利用実績に応じて各事業者に精算される必要があり、この精算業務をASPが行っている。大まかな枠組みとしては、①購入時に経路がおおむね想定される場合は機械的に分配され、②乗り放題や周遊といったチケットの場合は利用者アンケート等に基づき収入金額が精算されている≪図表3≫。
 一方、マーケティング活動については、スイス国鉄がASPからの委託を受けて事実上進めており、例えば定額ですべての公共交通機関を1年間利用できる「スイスパス」などの商品販路を構築している。自社でマーケティングを手掛けることが難しい小規模な交通事業者にとって、この点はASPに参加する大きなメリットとなっている。

≪図表3≫アライアンス・スイス・パス(ASP)の主なチケットの種類と分配方法

(出典)Alliance Swiss Pass “Die öV-Branche kurz erklärt”より当社作成

4. おわりに ~スイスの事例から得られる示唆と九州MaaSへの期待~

前章でみたように、スイスの公共交通においては、デジタル化が進む前から、決まった時刻に列車が発着するパターンダイヤを採用することで乗り継ぎの利便性を高めてきた。つまり、「フィジカル」面での対応がまず先行的に進められた。そして、法律で定められた「1旅程1チケット」については、進化した「デジタル」技術も活用する形で、すべての公共交通事業者が協働して推進されている。
 一方、これまでわが国では、「フィジカル」領域における公共交通の事業者間連携は総じて十分なものとは言い難かった。そうしたなかで近年、「デジタル」を活用して複数の交通モードの最適な組み合わせや予約・決済の効率化を図るMaaSが脚光を浴びるようになってきた。九州MaaSも、他のMaaSと同様に「デジタル」の連携を柱の一つに掲げてはいるものの、特徴的なのは「フィジカルなくしてデジタルなし」という理念に表象されているように、これまで必ずしも進んでこなかった「フィジカル」の連携をむしろ「デジタル」以上に重要視している点である。
 スイスの公共交通が、フィジカルの連携からデジタルの連携へと段階的に進めてきたのに対し、九州MaaSはフィジカル連携とデジタル連携を同時並行的に推進するという野心的な試みであるといえる。スイスのようなパターンダイヤを軸とした乗り継ぎ時間の短縮化などは、九州MaaSでもフィジカル連携の一つのアイデアとなるであろうし、デジタル連携についてはmy routeを通じた新たな商品展開の余地もまだまだ大きいと思われる。マーケティングの領域では、スイスの事例から類推するならば、JR九州や西日本鉄道といった経営資源の豊富な企業が主導的に関与すれば、九州MaaSに参加する中小規模の交通事業者にとっての便益も期待できよう。
 2024年8月にサービス提供が始まったばかりの九州MaaSだが、多様なプレイヤーの協働を通じて、九州全域でデジタル・フィジカル両面の高度な連携がスムーズに進むよう望みたい。

  • 国土交通省ホームページ<https://www.mlit.go.jp/redesign/>(2024年10月8日閲覧)
  • 地域住民や旅行者一人一人の移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて、さらには移動の目的地におけるサービスとも連携し、予約・決済などを一括で行うサービスをいう。
  • DXは「Digital Transformation」、GXは「Green Transformation」の略称である。また国土交通省によれば、「共創」とは「交通を地域のくらしと一体として捉え、その維持・活性化を目的として、地域における複数の関係者が連携・協働すること」をいう。
  • 国土交通省ホームページ<https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/content/001474568.pdf>(2024年10月8日閲覧)
  • 九州MaaSの運営母体である九州MaaS協議会の正会員として九州7県が参画している。また、同協議会の情報連携会員として山口県・沖縄県が参画している。
  • 当社が、西日本鉄道で九州MaaSを担当する古屋永吉氏(自動車事業本部未来モビリティ部所属)へのインタビューを2024年9月25日に実施した。
  • 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(2023年推計)」(2023年12月22日)
  • 日本経済新聞「バス運転手まだ足りない 西鉄、過密区間更に減便も」(2018年4月12日)
  • 国土交通政策研究所「地方都市圏におけるモード横断的な公共交通の財務と運営に関する調査研究」(2024年3月)
  • Alliance Swiss Pass” Die öV-Branche kurz erklärt”(2022年10月)

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