企画・公共政策

本格的な家賃補助制度の導入に向けて
~住居確保給付金や家賃低廉化補助の拡充も視野に~

上席研究員 野田 彰彦

経済的に苦しい人などを支援するセーフティネットに係る2つの法律(改正困窮者自立支援法等、改正住宅セーフティネット法)が2025年度に施行される。これらの法律案の国会審議では、本格的な家賃補助を導入することについて問題提起されたが、政府は慎重な態度を崩さず議論は深まらなかった。財源の確保がネックではあるものの、現存する仕組みである「住居確保給付金」や「セーフティネット住宅への家賃低廉化補助」を拡充することも含め、本格的な家賃補助の導入可能性を引き続き模索すべきである。
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1.セーフティネットに係る2つの法律の共通項「居住支援」

まもなく始まる2025年度には、経済的に苦しい人などを支援する「セーフティネット」に係る2つの改正法が相次いで施行される。まず、この4月に「生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律」(改正困窮者自立支援法等)の主だった部分が施行される1。同法は、厚生労働省が主管する生活困窮者自立支援法、生活保護法、社会福祉法をパッケージで改正したものであり、①住まいの確保が困難な人に対する支援、②子どもの貧困への対応、③支援関係機関の連携強化、に力点が置かれている。

また、10月には「住宅確保要配慮者2に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律等の一部を改正する法律」(改正住宅セーフティネット法)が施行される予定となっている。国土交通省が主管するこの法律では、大家が抱く不安を軽減するために、賃貸借契約が相続されない仕組みの推進、残置物処理に困らない仕組みの普及、家賃の滞納に困らない仕組みの創設などが図られるほか、新たに「居住サポート住宅」(居住支援法人3等が入居者の見守りや福祉サービスへのつなぎといった支援を行う住宅)が創設される。

これら2つの法律は、かたや福祉政策として、かたや住宅政策として別個に立法・改正されているものであるが、ともに「居住支援」という共通項をもっている。そのため、今般の法改正にあたっては、福祉政策と住宅政策の連携強化が強く意識され、市町村による「居住支援協議会」(自治体の住宅部局・福祉部局、居住支援法人、不動産関係団体、福祉関係団体等を構成員とした会議体)の設置を、厚生労働省と国土交通省が共同して推進することとされている。

2.家賃補助が提起されながらも議論は深まらず

今回の法改正に係る国会審議では、与野党議員や有識者などから、経済的に苦しい人の「家賃」負担に着目して、支援策をより拡充すべきではないかという問題提起がなされた。しかし、低所得者等を広く対象とした本格的な家賃補助を導入することについて、政府側からは慎重な姿勢を崩さない答弁4が繰り返され、議論は深まらなかった。

家計に対する金銭的な支援策としては、コロナ禍で低所得世帯や子育て世帯に支給された使途を問わない給付金が代表的だが、家賃への充当を前提とした補助も一つの選択肢である。家賃は固定費的な性格が強く「やりくり」で節約しにくいため、その負担を軽減する家賃補助は有効性の高い支援策と考えられる。また、大家や不動産仲介会社に補助金を支給したり、あるいは特定の目的にしか使えないクーポン(バウチャー)を支給したりすれば、他の目的に費消されるリスクもなくなる。

実は、福祉政策でも、住宅政策でも、家賃を支援する仕組みはすでに一定程度備わっている。福祉政策の領域においては、生活困窮者自立支援制度のなかに「住居確保給付金」という金銭支援策が組み込まれており、離職等によって住まいを失うおそれがある人などに対し、求職活動を行うことを条件に、家賃相当額が一定期間支給される(自治体からの支払先は大家や不動産仲介業者)。一方、住宅政策としては、自治体が管理運営する公営住宅には低廉な家賃で入居でき、その裏では家賃引き下げ分の財源を国や自治体が事実上負担している。また、近年導入された仕組みとしては、入居者を住宅確保要配慮者に限定したセーフティネット住宅(専用住宅)を対象に、1世帯あたり月に最大4万円の家賃支援が大家に支給される「家賃低廉化補助」がある。ただし、これらの仕組みではいずれも入居者が限定される。住居確保給付金と家賃低廉化補助は対象者もしくは対象住宅を狭く特定しているし、公営住宅も抽選倍率が全国平均で3.6倍(2023年度)となっており、落選した世帯は恩恵を受けられない。

このようにしてみると、財源確保の問題をクリアするのは容易ではないものの、経済的に苦しい人に対する金銭支援の選択肢として、より本格的な家賃補助の可能性を模索してもよいものと思われる。本稿では、家賃補助を導入しようとする際の選択肢として、かつて大阪府が提唱した住宅バウチャー(を参考とした新たな制度)、住居確保給付金の拡充、セーフティネット住宅への家賃低廉化補助の拡充、という3つの可能性について考察することとしたい。

3.大阪府による「住宅バウチャー」の提案

これまでに住宅政策や福祉政策の専門家、あるいは一部自治体などから家賃補助の必要性が提起されることは多かったものの、具体的かつ詳細な制度設計をも含めた提案はほとんどなされてこなかった。こうしたなか、2012年に大阪府は、家賃を一部補助する住宅バウチャー制度の導入を国に提案した5≪図表1≫。この提案を行った背景には、府内の公営住宅が老朽化するなかで、低所得者向けの住宅政策について、空き家を含む民間賃貸住宅のストックを積極活用する方向へシフトするという府の考えがあった。また、公営住宅に入居している人と入居できない人の間での不公平を緩和する意味合いも込められていた。

府の提案によると、補助額の算定にあたって、民間賃貸住宅の市場家賃に基づく「基準家賃」を世帯人員別に設定する。例えば2人世帯の場合には、1㎡あたりの市場家賃単価を1,521円、最低限満たすべき入居住宅の面積を30㎡と設定して、基準家賃が45,630円(1,521円×30)となる。また、生活を営むうえで家賃として負担できる「家賃負担限度額」を世帯人員・年収に応じて収入の16.5~24.1%の範囲で定める。府は具体的な限度額を示していないが、ここでは仮に2人世帯で30,000円としておこう。そして、基準家賃と家賃負担限度額の差額を「住宅バウチャー」として対象者に支給する。上記のケースでは、15,630円分(45,630円-30,000円)の住宅バウチャーが支給されることになる。

仮にこのような仕組みを国が全国的な制度として導入した上で、大阪府において実施する場合、対象となる低所得世帯の数は約60万世帯、事業費(住宅バウチャーの総額)は1,783億円、1世帯あたりの平均バウチャー額は月24,700円になると府は見積もっている。そして、この制度では国からの財政補助が暗黙裡に想定されているが、仮に国が事業費の3/4を負担するならば6、大阪府の分だけでも約1,300億円の国費が必要となり、全国レベルでは兆円単位の財源がかかる。そのため、大阪府の提案を受けた国がこの制度を前向きに検討することはなく、府としては「財源の確保など、さらに検討を要する点も多く、すぐに制度創設に至る状況にないが、今後も機会を捉え、国へ働きかけを行う」と2014年の報告書で総括した7。その後、2010年代後半になると、府の文書等から「住宅バウチャー制度」に関する記述はみられなくなった。

このように大阪府の提案は日の目を浴びずに事実上消え去ったが、地方自治体が具体性を伴った家賃補助の導入を国に訴えた点で、他に類例をみないものであった。

4.「住居確保給付金」の拡充

本格的な家賃補助を導入する方法としては、大阪府が提案した住宅バウチャーに類する仕組みを一から導入するやり方もあれば、既存の仕組み、具体的には先述した「住居確保給付金」もしくは「セーフティネット住宅への家賃低廉化補助」を拡充する道筋もありうる。まずは前者からみていこう。

住居確保給付金は、リーマンショック後の2009年に緊急的な対策として導入された「住宅手当制度」を起源とし、2015年からは「生活困窮者自立支援制度」における支援策の一つとして恒久化された≪図表2≫。

純然な家賃補助とは違って就労支援策としての色合いが濃く、対象者は「離職等によって住居を喪失するおそれのある人」などに限定されるうえ、求職活動を行うことが条件となっている。また、家賃相当額が支給される期間は3か月間(求職活動を行っている場合は最長9か月まで延長可能)に限られる。さらに、収入や資産に関する要件も設けられている。収入については、直近月の世帯合計収入が「住民税非課税となる収入水準と家賃の合計額を超えない」ことが求められる。資産については、預貯金が「住民税非課税となる収入水準の半年分を超えない」ことが条件で、例えば東京23区に住む2人世帯の場合だと預貯金78万円以下となる。預貯金の保有が原則認められない生活保護8に比べると、資産要件は緩い。

住居確保給付金の支給決定数は、制度が始まった2015年度から19年度にかけて4~7千件で推移していたが、コロナ禍の影響で2020年度には13.5万件へ急増し、以降は21年度4.6万件、22年度2.4万件、23年度9千件となっている。支給額でみると、19年度までは年間6~8億円程度であったが、20年度に306億円に膨らみ、21年度188億円、22年度77億円、23年度23億円という実績になっている(20年度以降は特例的に認められた3か月間の再支給分を含む)9

住居確保給付金は、フロー(収入)とストック(資産)の両面から個人の負担能力を判断する仕組みとなっており、低収入であっても預貯金はそれなりに保有するような人を排除できる点で、優れた給付制度といえる。そのため、本格的な家賃補助を検討する際には、この住居確保給付金が一つのひな型になりうると考えられる。具体的には、現行の収入・資産要件を満たす低所得・低貯蓄者に対し、大阪府の提案と同様に、家賃の一部として平均月2~3万円ほどを補助するイメージである。求職活動要件も不要となろう。

こうした仕組みを導入する場合の大まかな財政規模を見積もってみたい。やや古い試算になるが、厚生労働省は2019年のデータをもとに、収入・資産の両面で生活保護基準を下回る世帯数を推計している。これによると、低所得・低貯蓄世帯は全世帯の4.6%、そのうち生活保護を受けている世帯は40.2%とされている。ここから、低所得・低貯蓄世帯でありながら生活保護を受けていない世帯は全世帯の2.75%(4.6%×(1-0.402))にあたり、数としては142万世帯程度いるものと見積もられる(2019年の世帯総数5,178.5万×2.75%)。仮に142万世帯に月2.5万円の家賃補助を支給するならば、年間で4,260億円の財政負担(2019年時点)がかかることになる。

ただ、ここで計算された4,260億円は、預貯金をほとんど保有しない低所得世帯を対象として想定しているため、一定の預貯金が認められる住居確保給付金の場合は金額が大幅に膨らみ、兆円単位での財政負担が発生するものと想像される。

5.「セーフティネット住宅への家賃低廉化補助」の拡充

続いて、本格的な家賃補助を導入する際に基盤となりうるもう一つの現行制度「セーフティネット住宅への家賃低廉化補助」についてみていく。

セーフティネット住宅とは、住まいの確保に配慮を要する住宅確保要配慮者(低所得者・高齢者・障害者など)の入居を拒まない住宅として都道府県等に登録された住宅で、2017年に改正された住宅セーフティネット法により導入された。登録にあたっては、床面積が原則25㎡以上、耐震性を有する、などの基準を満たす必要がある。

セーフティネット住宅に対しては様々な経済的支援が講じられており、家賃低廉化補助はその一つである。原則として月収15.8万円(収入分位25%10)以下の世帯を対象に11、家賃を安くするための原資として大家等に最大月4万円12が支給される(国負担1/2、地方負担1/2)。ただし、補助が適用される住宅は限定的で、セーフティネット住宅のうち、入居者を要配慮者に限定した「専用住宅」のみが対象となる。専用住宅の登録件数は約6千戸と非常に少ないうえ、すでに入居中の物件が多く空室は約1千戸にすぎない13。そのため、家賃低廉化補助の実績は2022年度でわずか457戸(国費執行額7,280万円)にとどまっており、広く利用されているとは言い難い状況にある。

この家賃低廉化補助を拡充するのであれば、専用住宅に限定せずセーフティネット住宅全般に対象を広げる方向性が考えられる。現在空室となっているセーフティネット住宅は約2万戸であるが、仮に1年間でこの2万戸すべてについて要配慮者の入居が決まり、1戸あたり最大月4万円の家賃補助を支給するとすれば、年間に必要な財源は最大94億円となる14。セーフティネット住宅の居住者に恩恵が限られるものの、兆円単位での財源は要しないため、実現可能性の高い制度として検討の余地はあるものと思われる。

なお、家賃低廉化補助は、住居確保給付金と比べて良い点と劣る点がある。良い点としては、セーフティネット住宅では物件が満たすべき床面積や耐震性などの基準があるため、居住環境面での厚生が確保されやすい(住居確保給付金では物件に係る基準はない)。一方の劣る点であるが、家賃低廉化補助には住居確保給付金のような資産要件が設けられていないため、経済的な支援が真に必要かどうかを判別しにくい。家賃低廉化補助を拡充する際には、何らかの資産要件を追加するのも一案である。

6.金銭支援策の一つの選択肢として「家賃補助」も俎上に

本稿では、本格的な家賃補助の可能性を探るため、大阪府が提案した住宅バウチャー、住居確保給付金の拡充、セーフティネット住宅への家賃低廉化補助の拡充という3つの方策について考察した。財源面を勘案するならば、家賃低廉化補助を拡充させつつ、対象となるセーフティネット住宅を増やす取り組みを進める、という方向性が実現可能性は高いと考えられる。ただ、この方法では恩恵を受けられる人がどうしても限られるため、「本格的な」家賃補助制度と言えるかどうかは微妙かもしれない。

わが国では、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するための最後のセーフティネットとして生活保護が存在しており、必要最低限の範囲ではあるものの、生活資金・家賃・医療費などを「丸抱え」した金銭支援が講じられている。その一方で、生活保護に至る前段階では「相談」支援が主体となっており、金銭的な支援は極めて乏しいのが実態である。経済的に苦しい人などに対する幅広い金銭支援策としては、前述した使途を問わない給付金のほか、税制上のアイデアとして「給付付き税額控除」といった方策も提唱されている。加えて、本稿でみたように、家計にとって固定的費用といえる家賃に焦点を当てた支援策も考えられる。今後、金銭支援策の拡充を検討するにあたっては、家賃補助も選択肢の一つとして俎上に挙げられることが期待される。その際には、兆円単位での財政負担が発生・継続しうることも考慮しつつ、住居確保給付金の抜本的な拡充等に踏み込むかどうか、という国民的議論があってもよいだろう。

  • 改正困窮者自立支援法等は、2024年4月24日に公布され、2025年4月1日に施行される。ただし、子どもの貧困へ対応するための措置については、公布日または2024年10月1日から先行して施行されている。
  • 住宅確保要配慮者に該当するのは、低額所得者、被災者(被災後3年以内)、高齢者、障害者、子ども(高校生相当まで)を養育している者、外国人などである。
  • 居住支援法人とは、住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るため、住宅確保要配慮者に対し家賃債務保証の提供、賃貸住宅への入居に係る住宅情報の提供・相談、見守りなどの生活支援等を実施する法人として都道府県が指定するもの。2024年6月末時点でNPO法人や社会福祉法人、株式会社など896法人が指定されている。
  • 本格的な家賃補助について、政府は「生活に困窮した方々に対して個別の事情に応じた住まいの支援を行うことで自立を促していくことが適切」「最低限度の生活を保障する制度として生活保護制度が存在する中で、これとは別に住宅費を保障する制度を創設することは、最低限度の生活保障を超えた保障を行うこととなり、公平性の問題がある」としたうえで「慎重な検討が必要」という見解を示している。(参議院厚生労働委員会での厚生労働大臣の答弁(2024年4月9日)等による)
  • 大阪府「大阪府における住宅バウチャー(家賃補助)制度の検討経過等について」2012年3月。
  • 生活保護や住居確保給付金の補助率(国の負担割合)が3/4であることに鑑みた。
  • 大阪府「大阪府財政構造改革プラン(案)改革工程表≪平成23年度から平成25年度までの取組み実績≫」2014年2月。
  • 生活保護では、保護開始時の手持金(所持金・預貯金)が、国によって定められる最低生活費の5割を超えないことが求められる。例えば最低生活費が15万円の場合は7.5万円までしか手持金が認められない。
  • 住居確保給付金は、改正された生活困窮者自立支援法に基づいて2025年4月から制度が拡充される。具体的には、収入に見合った低廉な家賃の住宅へ転居する際に、引越し代や礼金等が補助されるようになる。収入・資産要件は現行と同じであるが、求職活動は要件とされない。対象者としては、配偶者と死別して年金収入が減少した高齢者や、疾病等で離職して就労収入を増やすのが難しい人などが想定されている。
  • 収入分位とは、全国の2人以上世帯を収入の低い順に並べ、収入の低い方から何%のところに該当するかを表す概念。
  • 子育て世帯・新婚世帯の場合は月収21.4万円(収入分位40%)以下、多子世帯の場合は月収25.9万円(収入分位50%)以下などと要件が緩和される。なお、ここでいう月収とは、例えば給与所得者の額面給与のことではなく、そこから給与所得控除や扶養控除などを差し引いて計算された金額のことをいう(公営住宅における収入計算と同じ考え方)。
  • 入居者の家賃負担が公営住宅並みとなるように補助額は調整される。
  • 「セーフティネット住宅 情報検索システム」(https://safetynet-jutaku.mlit.go.jp/guest/index.php)による(2025年1月20日閲覧)。なお、セーフティネット住宅の全体としての登録戸数は93万戸余りで、そのうち空室となっているのは2万件弱である。
  • すでにセーフティネット住宅に入居している要配慮者への補助も含めれば必要な財源はさらに増えるが、セーフティネット住宅の多くは登録段階から空室が極めて少ない(一般の人がすでに多く入居している)ため、実際に入居済みの要配慮者はさほど多くないものと推察される。

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