いまだ高い「小1の壁」
~量と質の両面で放課後児童クラブの拡充を~
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1.はじめに
近年の女性の就業率の上昇等により、共働き家庭の児童の増加が見込まれる中、共働き家庭において、放課後等の子どもの預け先が見つからず、小学校入学を機に親が退職等を余儀なくされる「小1の壁」が社会問題化して久しい。しかし、2023年5月時点で依然として、放課後児童クラブ(いわゆる学童)を利用できなかった待機児童は1.6万人程度存在し、小学校の放課後や夏休み等の長期休暇の際、見守りが必要な年齢の児童に適切な遊びや生活の場を用意することは喫緊の課題である。現状、小1の壁をめぐる状況はどのようになっており、そのことが親の働き方にどのような影響を及ぼしているだろうか。そして、共働き家庭の小学生の子どもは日々をどのように過ごしており、その親は、行政にどのようなことを期待しているのだろうか。インターネットによる当社独自のアンケート調査結果をもとに考察する。
2.「小1の壁」に関する現状と政府の政策
政府は2023年6月に閣議決定した「子ども未来戦略方針」において、「小1の壁」打破に向けて、学齢期の児童が安全・ 安心に過ごせる場所について量・質の拡充を掲げ、「新・放課後子ども総合プラン(2019 年度~2023 年度)による受け皿の拡大(約 122 万人から約 152 万人への拡大)を着実に進める」としていたが、2023年5月時点で放課後児童クラブの登録児童数は約146万人、待機児童は依然として約1.6万人程度存在し≪図表1≫、2023年度末までに「新・放課後子ども総合プラン」で掲げた目標である152 万人分の受け皿整備の目標を達成することは困難な状況であった。
このことを踏まえ、2023年12月に、放課後児童対策の一層の強化を図るため、2023年度~2024年度に予算・運用等の両面から集中的に取り組むべき対策として、放課後児童クラブを開設する場の確保や運営する人材の確保等を内容とする「放課後児童対策パッケージ」をとりまとめている≪図表2≫。場の確保について、具体的には、待機児童が発生している自治体に対する施設整備費の嵩上げや、学校外における放課後児童クラブの整備等を推進することとしている。学校内の校舎や敷地に余裕がない地域もあることから、賃貸物件を含め既存の施設を有効活用していくことは実態に見合う有効な施策と言えよう。
3.共働き家庭の苦労~子どもの預け先の確保が課題~
アンケート調査(詳細は7節参照)に基づき、まず、小学生の子どもを持つ共働き家庭の親が、仕事と子育ての両立に苦労しているか、また、苦労している場合に具体的に何に苦労しているのかを見ていく。仕事と子育ての両立については、75%の共働き家庭が「苦労を感じる」(「とても感じる」「まあまあ感じる」の合計)と回答している≪図表3≫。
具体的に苦労していることについて尋ねたところ、「有事の際(子どもが病気になった時、学級閉鎖等)の子どもの預け先」、「夏休み等長期休暇の子どもの居場所」が共に約32%で高い。子どもの居場所に関する項目に着目し、祖父母との同居別に見ると、祖父母と同居していない場合は、祖父母と同居している場合に比べ、苦労を感じる割合が顕著に高い≪図表4≫。このことから、特に身近に子どもを預けられる人がいない共働き家庭にとって、長期休暇や有事の際の子どもの預け先の確保が課題であることがわかる。
4.「小1の壁」に関する現状
(1)小学校入学時点での子どもの預け先
子どもの小学校入学時に、両親が仕事で自宅を不在にすることによって、子どもの預け先が必要となることがあったか尋ねたところ、実際に、預け先に困ることがあった(「預け先がなく、困ることがよくあった」「預け先がなく、困ることがたまにあった」 の合計)割合は、約43%となっている。共働き家庭の半数近くが子どもの小学校入学時に預け先の確保に苦労している実態がうかがえる≪図表5≫。
(2)親の働き方への影響
①子どもの小学校入学時における親の就業形態の変更状況
子どもが小学校に入学することを機に、子育てのために就業形態を変更したか尋ねたところ、共働き家庭では、何らかの変更を検討した割合は、約30%となっており、実際に何らかの変更をした割合は、約21%となっている≪図表6≫≪図表7≫。変更が必要な状況としては、子の放課後の預け先が確保できない場合や、これまで法定の両立支援措置は子が小学校入学までに限定されていたため、小学校入学以降、勤務先で両立支援制度が活用できなくなり、継続就業しながら子育てのための時間を確保することが困難になる場合などが考えられる。
きょうだい構成別に見ると、回答対象の小学生に未就学のきょうだいがいる親は、「同じ職場の中で、職種や仕事内容、雇用形態などの立場を変更した」「退職し、専業主婦・専業主夫になった」が高い。また、「何らかの変更をした」割合も約46%で、未就学児がいる親の約半数は、子の小学校入学を機に仕事と子育ての両立の困難に直面し、退職含め働き方を変更している≪図表8≫。これは、未就学児の世話に加え、小学生の登校時間に合わせて始業時刻を調整したり、平日に行われる学校活動に親が参加したりすることが必要になるために、従来の就業形態では対応しきれない場合などがあるからであろう。
②就業形態の変更についての受け止め
子どもが小学校に入学することを機に、子育てのために就業形態を変更した人に、変更したことが自分自身の生活へどのような影響があったと思うか尋ねたところ、「より子育てのしやすい職場へ転職した」場合は、前向きな評価をする(「前向き(ポジティブ)な影響があったと思う」「やや前向き(ポジティブ)な影響があったと思う」の合計)割合が約68%と高い。他方、「退職し、専業主婦・専業主夫になった」「同じ職場の中で、職種や仕事内容、雇用形態などの立場を変更した」「同じ職場・同じ仕事内容で、始業時刻の変更や短時間勤務、テレワークなど勤務形態の変更や制度利用を検討した」場合は、後ろ向きな評価(「後ろ向き(ネガティブ)な影響があったと思う」「やや後ろ向き(ネガティブ)な影響があったと思う」の合計)がいずれも20%を超えている≪図表9≫。この背景としては、退職や同じ職場の中での雇用形態を変更した場合には、経済的に厳しくなることへの不満、同じ職場の中で短時間勤務制度を利用した場合には、昇進・昇格が遅れることや時間は減らしても仕事内容・量が変わらないことへの不満などがあると思われる。
(3)小学生の子どもの居場所
両親が仕事で自宅を不在にする場合など、子どもが両親以外と過ごす時間帯がある場合に、共働き家庭の小学生の子どもがどこで誰と過ごすか尋ねたところ、学校がある時期・夏休みなど長期で学校がない時期のいずれも、「自宅で、子どものきょうだい(子どもの兄・姉)と過ごす」が最も高く、次に「自宅で、子どもが一人だけで過ごす」が続く。学校がある時期は、これらに続いて「公立の学童保育を利用する」が高く、 夏休みなど長期で学校がない時期は、「子どもの祖父母(あなたの親・または配偶者の親)の家で過ごす」が高い≪図表10≫。子どもにとって自宅や祖父母宅以外で多様な居場所があるとは言えない状況がうかがえる。
公立の放課後児童クラブ(「公立の学童保育を利用する」の回答)に着目すると、学校がある時期でも全体(小学校高学年及び低学年)では、約20%にとどまっており、小学校低学年であっても3分の1に満たない。このことは、政府が実施する公立の放課後児童クラブの事業が、共働き世帯の保護者が安心して子どもを育て、子育てと仕事等を両立できるように支援することにつながっていない可能性を示唆している。
5.行政への期待
仕事と子育ての両立をしやすくするために、共働き家庭の親に行政に期待することを尋ねたところ、「子どもが安心して過ごせる施設数の増加(放課後児童クラブ、放課後児童教室、児童館など)」が最も高い。次いで「子どもが安心して過ごせる施設の設備の改善」、「放課後児童クラブの受入人数の拡大」が続く≪図表11≫。子どもの預け先の確保に苦労していることを背景に、行政に対して、放課後児童クラブなど、自宅や祖父母宅以外でも子どもが安心して過ごせる居場所の充実についての期待が高い。
6.最後に
放課後児童クラブの場の確保に関し、政府は、「放課後児童対策パッケージ」にて、通常の授業に使われる見込みのない余裕教室の活用など学校施設の活用を進めるとともに、学校外において利活用できる施設整備を推進することとしている。小学生の子を持つ共働き家庭では、子どもの預け先の確保は喫緊の課題であることから、待機児童が発生している自治体における施設数の増加とそれに伴う受入人数の拡大を期待したい。
ただし、行政に対する要望として、施設の設備改善を期待する声があることにも留意が必要だ。待機児童を発生させないことを重視し、政府が「放課後児童クラブ運営指針」において示す望ましい面積や人数規模(子ども1人につきおおむね1.65㎡以上、子ども集団の規模は、おおむね 40 人以下)を確保できていなくても、保護者の就労などの理由により要件を満たしている場合には、小学1年生から3年生までの希望者全員が入ることができるよう運営している自治体もある。このような場合でも、できる限り子どもが安心して過ごせる生活の場としてふさわしい環境の整備に努めることが必要である。
小学生の子を持つ親がその希望に応じて継続就労できるようにする観点は重要だが、預け先の確保は継続就労に向けた必要条件に過ぎない。親にとっても安心して子育てと仕事を両立できる状況の実現が望まれる。一部の放課後児童クラブでは、子どもにとって望ましい環境が実現できているとは言い難く、筆者の周りでも、子ども自身も行きたがらず、年度途中で退所する例もあると聞く。「放課後児童対策パッケージ」にも、全てのこどもにとって安全・安心な居場所を確保するための人材の確保等、質の向上に向けた取組も含まれる。子ども一人ひとりが安心して過ごせる環境を整えることにも十分に配慮した上で、量・質の両面での取組の加速を期待したい。
7.調査設計
(1)調査手法
インターネット調査(スクリーニング調査+本調査)
(2)調査対象者
小学生の子どもがいる全国の20歳~59歳男女、3247人
全国6地域および共働き・片働き(配偶者同居)・ひとり親(配偶者同居なし)の分類で割付
(3)調査時期
2024年1月22日(月)~2024年1月24日(水)
(4)調査実施会社
株式会社インテージリサーチ
PDF:1MB
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