米国のホームオーナーズ保険では給排水設備の損傷等による水濡れ損害の支払保険金が多い。自然災害を除く支払保険金全体に占める割合は約45%と大きく、なお増加傾向にある。水濡れ事故が発生すると給排水設備の修理だけでなく住宅や家財も毀損し、経済的な損失に加えて生活面の支障も小さくない。本レポートでは、水濡れ損害を軽減するIoTデバイスとホームオーナーズ保険を連動させた取組を紹介する。日本の火災保険においても水濡れ損害のウェイトは大きく、損害軽減効果のあるIoTデバイスの活用は参考になるのではないか。
1.はじめに~深刻化する水濡れ損害~
米国のホームオーナーズ保険では給排水設備の損傷等による水濡れ損害の支払総額は大きく、自然災害を除く支払保険金全体に対する割合は約45%(2014年~2018年平均)1 を占めている。水濡れの発生頻度や損害額は増加傾向にあり、2006年から2010年の平均事故発生率は1.5%、1事故あたりの平均支払保険金は6,965ドルであったが、2014年から2018年ではそれぞれ2.1%、10,849ドルとともに約1.4倍に増加しており2 、住宅所有者と保険会社双方にとって深刻な問題となっている。
2.IoTデバイスを活用した新たな取組
そのような中で近年、水濡れを検知・防止する様々なIoTデバイスが登場し、損害軽減効果が期待されている。本章では、IoTデバイスと保険を連動させたChubbの事例と、IoTデバイスメーカー・アクチュアリーファーム・複数の保険会社が共同で取り組むアライアンスについて紹介する。
(出典)Moen社ウェブサイトおよびTechblitz「家庭での水漏れをAIで防ぐFlo Technologies」(2019年3月27日)。画像は、Moen社ウェブサイトより。
(1)Chubbの事例
大手損害保険会社Chubbは、2016年にホームオーナーズ保険と水濡れ損害を軽減するIoTデバイスを組み合わせた取組を開始した。IoTデバイスは水道管に設置するもので、センサーが漏水を感知すると保険契約者等に通知するとともに緊急時には自動的に水流を停止し、漏水による住宅・家財の損害を防止・軽減する効果がある。同社は、Moen社のFlo by Moen Smart Water Shutoff<図表1>などのIoTデバイスの設置を推奨しており、保険契約者は▲15%から▲37%の割引価格で購入できる3 。同社が推奨するIoTデバイスを設置した場合には、ホームオーナーズ保険の保険料に▲5%から▲7%程度の割引が適用される4 。同社の「ホームオーナーズ保険のリスク調査報告5 」によれば推奨デバイスを設置している住宅は契約全体の9%程度となっており、一層の普及をはかるため、ウェブサイト上で水濡れリスクや損害の深刻さ、対策の重要性・有効性等に関わる情報を提供し、顧客に推奨デバイスの設置を呼びかけている。
2019年10月に情報分析会社LexisNexisとデバイスメーカーが共同で実施した調査6 において、水濡れ損害の平均支払保険金がFlo by Moen未設置の住宅7 で1%増加したのに対し、設置住宅(2,306世帯)では72%減少したと報告されている。
(出典)Roost社のウェブサイト ※右図の赤丸は筆者記載
(2)ホームテレマティクスプログラム
2017年、火災や水濡れを検知するIoTデバイス<図表2>を開発したスタートアップRoost社は、アクチュアリーファームのウィリスタワーズワトソンとともに保険会社と提携し、IoTデバイスの設置、効果や顧客満足度等の分析・共有を行うホームテレマティクスプログラム(HTP)を立ち上げた。現在、HTPには米国のほか、カナダ、欧州、オーストラリアの25以上の保険会社が参加し、数十万の保険契約者にデバイスを配付し、大規模なトライアルを進めている8 。
ウィリスタワーズワトソンは、IoTデバイスから取得する情報、保険契約の内容、保険金支払データ等に基づきリスク情報やIoTデバイスの効果、顧客満足度への影響等を分析し、保険会社にフィードバックする9 。HTPはトライアル段階であり、損害軽減効果を保険料に反映する段階には至っていないが、支払保険金を5~15%程度削減する効果が期待されている10 。
3.まとめ
住宅における給排水管設備の破損等による水濡れ損害は、ホームオーナーズ保険の中でも主要なリスクであり、今後も住宅全体の老朽化の進行等により発生頻度や損害額が増加していく可能性がある。一方で、新たなテクノロジーを活用することにより損害を軽減できるリスクであることも明らかになってきた。日本の火災保険においても水濡れ損害は自然災害を除けば支払保険金全体の約30%11 を占める主要なリスクであり、こうしたIoTデバイスを活用した損害軽減をはかる取組は参考となると考えられる。保険契約者は、水濡れ損害の大きさを事故に遭うまで認識していないことも少なくない。損害に関するデータを多く取り扱い、リスクの特性や対応策を知る保険会社が損害の軽減に向けて取り組むことは社会から期待される役割であろう。
Insurance Information Institute , “Fact-statistic”に基づき算出。
Insurance Information Institute , “Fact-statistic”に基づき算出。平均支払保険金の1.4倍はインフレ調整後。インフレ調整は米国労働統計局データベースのCPIに基づき算出。
Chubbは4種類のデバイスを推奨している。デバイスの価格は424.99ドル(15%割引後)から4,800ドル(37%割引後)。https://www.chubb.com/us-en/individuals-families/agent-marketing/water-coverage/index.aspx (Visited October 23,2020) なお、<図表1>のFlo by Moen Smart Water Shutoffは発売当初は米国のみの販売であったが海外展開して協業できる企業を探す予定と報じられており、2020年10月現在、日本ではAmazonにて約70,000円で販売されている。
Chubb, “Chubb Expands Its Water Damage Defense Services to All U.S. Homeowners Insurance Customers”, Jun 23, 2016
Chubb, “Chubb Homeowners’ Risk Survey Executive Summary”, Feb. 25, 2020
LexisNexis, “Preventing Water Claims: Understanding the value of smart home technology”, May 2020
Flo by Moen設置住宅と立地条件や住宅の大きさ等の条件が概ね同等の130万世帯を比較対象としている。
https://sourcemedia.brightspotcdn.com/0b/0b/b21acd8e461e8da8359220ae28f9/4-00pm-roel-peeters-presentation.pdf (Visited October 23, 2020)
Willis Towers Watson, “Willis Towers Watson and Roost to establish home telematics consortium of U.S. carriers”, May 31,2017
期待される保険金削減5~15%は火災・水濡れ・煙センサーによる効果 Octo telematics, “Using Insurance IoT To Improve Claims Across Lines of Business”, Jun 25,2019https://www.octotelematics.com/blog/insurance-iot-improve-claims-across-lines-of-business/
損害保険料率算出機構「2019年度版 火災保険・地震保険の概況」の第6表より算出した2017年度保険金構成割合