ゴーストブローカー詐欺の被害は保険料相当の金銭だけにとどまらない。ゴーストブローカーの販売した保険は偽で、仮に正規の保険証券が手元にあったとしても解約されているか、あるいは住所や年齢などが偽りであるため保険金が支払われない。詐欺の被害者は自動車事故を起こした時に初めてこの事実に気がつく。
さらにイギリスでは無保険自動車は処罰の対象となるため、本人に自覚がなくても、警察に無保険が発覚次第、自動車が押収され、所有者に罰金が科せられる(《図表1》参照)。
ゴーストブローカーは保険ブローカーを装って被害者に正規よりも安い保険料で勧誘を行い、ウェブサイトなどで偽の保険を販売して保険料相当の金銭をだまし取る。さらに詐欺がすぐに発覚しないように被害者に偽造の保険証券あるいはゴーストブローカーが保険会社のウェブサイトで被害者の名前で契約して入手した正規の保険証券を送付する。ちなみに正規の保険は被害者に証券送付後すぐに契約を解約するか、あるいは住所や年齢などを偽った安い保険料の契約を証券送付後も継続する1。
イギリス全土の保険不正行為の捜査・摘発を行うロンドン市警察の保険詐欺執行部(Insurance Fraud Enforcement Department、IFED)2によれば、ゴーストブローカー詐欺の被害が最も多い年齢層は正規の自動車保険で保険料が一番高い17-24歳で、次いで25-34歳である3。被害者には学生や移民が多く、保険についてよく理解していないところを狙われていると見られる4。ゴーストブローカーが被害者を勧誘する方法で最も多いのはソーシャルメディアで、特にフェイスブックとインスタグラムが多い5。
IFEDによれば、2017年までの3年間のゴーストブローカーによる詐欺の被害件数は850件、被害額は63.1万ポンド(約9,023万円)であったが6、IFEDは被害者からの報告が少なく、実際の被害件数はもっと多いと見ている7。別の資料では、2017年のゴーストブローカー詐欺の被害件数は前年から14%増加している8。被害を受けた保険種目の多くは自動車保険であるが、住宅保険や企業保険の被害も出ている9。
ゴーストブローカー詐欺の被害は保険料相当の金銭だけにとどまらない。ゴーストブローカーの販売した保険は偽で、仮に正規の保険証券が手元にあったとしても解約されているか、あるいは住所や年齢などが偽りであるため保険金が支払われない。詐欺の被害者は自動車事故を起こした時に初めてこの事実に気がつく。
さらにイギリスでは無保険自動車は処罰の対象となるため、本人に自覚がなくても、警察に無保険が発覚次第、自動車が押収され、所有者に罰金が科せられる(《図表1》参照)。
また、詐欺の被害者の申込時の情報を悪用した成りすまし詐欺による二次被害も見られている。例えば2018年4月に有罪となったゴーストブローカーは、偽の保険を販売して被害者に2.1万ポンド(約300万円)の被害を与えていたほか、偽造した修理見積書や医者の証明書などを用いて被害者に成りすまして、18件、32.1万ポンド(約4,590万円)の自動車保険の保険金請求を行っていた10。
イギリスの保険業界は保険金不正請求、不実告知などの不正行為に悩まされており、例えば2017年に判明した損害保険の保険金不正請求件数は11.3万件、不正請求総額は13億ポンド(約1,859億円)であった11 12。こうした状況を踏まえてイギリスの主な保険会社は不正行為対策部門を設けている。また、保険業界主体で保険詐欺機構(Insurance Fraud Bureau、IFB)を2006年に設立したほか、複数の業界共通データベースを構築しており13、保険会社、IFBおよび警察において活用されている。
イギリスの保険会社Automobile Association Insurance Services(AAIS)の不正行為対策部門は、2013年2月から2015年3月までの間に新規契約後すぐに解約された自動車保険契約が83件あることに気付いた。解約された契約には連絡先や銀行口座などの重要事項の共通点はほとんど見られず、また月に4件以上契約しない配慮がなされていた。AAISは、ロンドンのIPアドレスを持つ2つのデバイスから契約手続きが行われたことを割り出したが、すぐに契約を解約した理由までは明らかにできなかった。同社は不正行為検出のソフトウェア会社が運営しているインターネット・コミュニティにおいて、他社でも同様の解約が生じている情報を得た。後に他社で解約された契約もすべてAAISで契約手続きを行ったものと同じデバイスで契約手続きが行われ、さらに無事故割引を受けるために14AAISの証明書を利用したことが明らかとなった15。
AAISは、詐欺の被害者に対する賠償責任はないと判断したが、被害者からの保険金請求への対応と同社の評判に影響を及ぼす可能性を考慮して本格調査に踏み切った。調査ではゴーストブローカーの解約の電話を録音することに成功し、さらにIFEDが同じデバイスによる他の不正行為の情報提供を要請したことで組織の関連が明らかとなり、本格調査開始1年後にこのゴーストブローカーは逮捕された16。
IFBは保険業界を横断して行われる不正行為の発見と防止を目的とした組織で、損害保険、生命保険および医療保険について保険会社からの情報、IFBのホットラインに提供された情報などに基づき、複数のデータベースを駆使して、個人、車両、企業、住所などの要素ごとに不正行為検出ソフトウェアを用いた分析を行う。IFBは業界全体のデータを分析することにより、単独の保険会社では検出できない不正行為の傾向とパターンを見つけ、保険会社や警察と情報を共有をする。さらに疑わしい保険契約、保険金請求、ネットワークについてはIFBのアナリストが追加分析を行う17。
IFBは保険会社や警察と協力してゴーストブローカー詐欺に取り組んでおり、2018年初めの時点での調査案件は50件を超えていた18。2018年8月に有罪となったゴーストブローカーは、2012年6月から2013年8月にかけてウェブサイト上で、主にミニキャブ(乗用車を用いた一種のハイヤー)19の運転者に自動車保険を販売していた。送付していた保険証券は正規であったが、ミニキャブの運転者が必要な営業用ではなく、保険料が安い自家用の保険契約であった20。このゴーストブローカーはウェブサイトに正規の保険会社の名称を掲載していたため保険会社から警告を受け、2013年4月に調査線上に浮上した。しかしその後も社名を変えて同様の詐欺を継続していた。IFBは65件の不適切な自動車保険契約を分析し、保険会社との情報交換とデータベースの活用により23件を関連づけることでこのゴーストブローカーを摘発している21。
ゴーストブローカー詐欺は、保険会社の管理が及ばない第三者による詐欺であり、また保険会社に直接の被害がないため、保険会社が主体的にゴーストブローカー詐欺に取り組む必然性については見解が分かれるように思われる。しかしイギリスでは多くの消費者がゴーストブローカー詐欺の被害に遭い、さらに今後自動車保険以外の種目への拡大や、成りすまし詐欺による二次被害拡大の可能性があることから、多くの保険会社はゴーストブローカー詐欺は保険業界全体で取り組む問題として捉えている22。
本稿で触れたイギリスの不正行為対策の業界団体設立や共通データベースの構築などは一朝一夕に導入できる内容ではないが、保険を熟知したゴーストブローカーの手口や摘発における着眼点などはわが国の詐欺対策においても参考になるように思われる。
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